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交わした約束


「で、ここの公式に当てはめると……」
「おお、すげぇ!みょうじさんは天才か!」
「これはここまでの式を記号と置き換えて考えるだけで、あとはさっきの問題と一緒なんだよ」

 日向くんは「ほー!」とか「おお!」とか感動しながら、私の話を聞いてくれている。その隣で影山くんは、一心不乱にノートに四文字熟語を書き連ねていた。
 本来なら蛍くんや山口くんが勉強を教えるって形だったみたいだけど、何故だか蛍くんは「営業時間外」と言って自分の勉強をしている。
 山口くんもあまり余裕がないのか、険しい顔をして問題を解いていた。

「腹減ったー」
「肉まん食うか、肉まん」
「わぁ……肉まん!」
「ちょっと、なまえ。肉まんくらいで胸躍らせるとか本当、やめて」

 蛍くんは顔を顰めてそう言うけど、私はわくわくしちゃう。だって放課後に友達と肉まん食べるんだよ?向こうは知人程度にしか思ってないかもしれないけど。
 それでもいい。こんな機会、滅多に巡ってこないから。

「わ、私!買ってきます!」
「あ、俺もいる!」
「はぁ……全く」
「とか言ってついていくんだ、ツッキー」
「うるさいよ、山ぐ……」
「うるせーのはお前等だ!静かにしろ!」

 私の背後のカウンターから、地鳴りのような大声が響く。くしゃっと新聞が握られた音と一緒に、ガタンと椅子が倒れる音がした。
 肩を竦めたために少しだけ遅れて後ろを振り返る。どこか聞き覚えのあった声は、その顔を見て一瞬で記憶と答えを手繰り寄せた。

「烏養さん!」
「あん?なまえか?何でお前まで」
「あれ?コーチとも知り合いなの?」
「えっと……え?坂ノ下商店って」
「あー、母方の実家なんだよ」

 頭をがしがしと掻きながら、烏養さんは煙草をもみ消す。倒れた椅子を起こす烏養さんに、お久しぶりですと今更の挨拶をした。
 立ち上がった私の制服の裾を、蛍くんが少しだけ引っ張る。その顔にはどういう事か説明しろと書いてあって、見上げられた視線から逃れられなかった。

「烏養さんは町内のバレーチームで少しだけ会ったことがあって。そういえば、高校では烏養さんがコーチだったね!」
「ああ、そっか。みょうじさん、嶋田さんとも知り合いだっけ?」
「うん、滝ノ上さんも知ってるよ?」

 ここ坂ノ下商店は学校に近いから、私の家とご近所さんとは言い難い。それでも嶋田さんと滝ノ上さんに紹介されて、何度か会ったことがあったけど。
 こないだの試合の時も遠くから見ていただけだったし、烏養さんは烏養さんとして認識していたから、坂ノ下商店と結びつかなかった。

「おおお!そうだったんだ!」
「いや、何で日向が興奮気味な訳?」
「ノリじゃない?日向だし……」

 何だか山口くんが辛辣なことを言った気がするけど、ツッコミよりも感動の方が先に立つ。こんな事なら、もっと早く坂ノ下商店に来ていれば良かったなぁ。
 烏養さんは「またいつでも来いよ」と言いながら、皆の分の肉まんを奢ってくれた。言い方はぶっきらぼうだけど、とっても優しい人だ。



 結局遅くまで勉強をしていて、辺りはすっかり暗くなっていた。蛍くんが送ると申し出てくれたから、二人で家までの距離を歩く。
 蛍くんは少し遠回りになっちゃうのに、その優しさが嬉しかった。

「なに?さっきから考え事?」
「わぁ!あ……皆勉強頑張ってたね!」
「遠征合宿があるから。あの馬鹿二人は今のままでもちょっと怪しいけどね」

 赤点のことを気にしていたのは知っていたけど、遠征合宿の為に回避したかったんだ。納得。それであのやる気……バレーってすごいなぁ。

「部活、すごいね!合宿とか!」
「はぁ。休みも欲しいけどね」
「そっか。え、休みないの?」
「いや、早めに終わることはあると思うけど……あ」

 何か思い出したように上を向いていた蛍くんが、こっちをじーっと見てくる。私は首が痛くなるくらい伸ばして、次の言葉を待っていた。

「合宿から帰った次の日、部活ないっけ」
「え?そうなの?」

 平日の日に部活がないのは珍しいと思う。いつも練習しているもんね、バレー部。蛍くんの話を聞くと、どうやら体育館に業者さんが点検に入るらしい。
 そればっかりは仕方ないのかなぁ。合宿って疲れそうだし、タイミングいいと言えばそうなのかも。

「良かった、ね?」
「何で疑問系?良かったよ」
「そうなの?でも日向くんとか影山くんとか、練習したそうだよね」

 この二人に関しては、少ししか喋ってないというのにバレーが大好きってことが伝わってきた。合宿の為に賢くなっちゃう位だ。
 それって相当凄いことだと思う。まぁ、勉強はちゃんとやるべきものだけど。

 うんうんと頷きながら自己完結していると、蛍くんからの反応がないことに気付いた。慌てて蛍くんの方を見上げると、また眉間に皺が寄っていて。
 首を傾けて無言でどうしたのかと問い掛ける。すると蛍くんは、薄っすらと口の端を引き上げた。

「その日、月曜日なんだけど」
「ん?」
「なまえも空けといてよ」
「えっ?」
「無理?お店休めない?」
「え、あ、ううん。何とか出来ると思う」

 まだシフトを組んでいないはずだから、お母さんに申告すれば一日くらい休みをもらえると思う。平日だし、バイトさんの調整は難しいかもしれないけど。

「デートしようよ」
「でっ!?」
「何、嫌?」
「嫌とか、じゃない、デスよ?」
「……っぷ!何で片言なの?」

 馴染みのない単語が耳に飛び込んできて、動揺しない方が無理だと思う。言い放った蛍くんは声を抑えながら笑っていて、さっきまでの不機嫌さはもう霞んでいる。
 何だろうこれ。私一人が赤くなったり、焦ったり。それを見て楽しそうにする蛍くんは、性質が悪いって思うのに。
 悔し紛れに盗み見た顔が嬉しそうに見えて、結局何にも言えなかった。



***続***

20140606

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