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勉強会


 日を追うごとに、図書室で勉強している生徒の数が多くなっていく。テスト前の一週間は部活も禁止になるらしく、いつもは埋らない自習机が満員だった。

(あー……何処も空いてない)

 授業終わりに先生に質問していて、ほんの少し出遅れただけでもうこれだ。なまえは溜息を一つ零して、拳を握って小さく気合を入れ直す。
 今日は店番のない日だ。テスト前でも何日も休むのは難しい為、今の内に勉強しておこうと意気込んでいた。

(それに蛍くんに教えて貰っておいて、酷い点数取れないし!)

 事実、蛍の懇切丁寧で辛辣な指導のおかげか、いつもよりずっと勉強が捗っている。今日は一人なので、暗記物をやってしまおうと思っていた。
 しかし図書室はご覧の有様で、生徒が増えた所為か雑談も聞こえてくる。この注意されない位の雑音が集中力を途切れさせてしまうことを、なまえは習慣として熟知していた。

 大きな波に押し出される様に図書室を後にする。家とは少し反対方向になるけれど、図書館まで足を伸ばせばいい。そんな風に考えていた。

「あれ、まだいたの?」
「あ、山口くん。今帰るところ?」
「うん。みょうじさんも?」

 図書室を出て昇降口付近に差し掛かったところで、山口に遭遇した。人懐っこい笑みでこちらに歩いてきてくれた相手に、自然と頬が緩む。

「図書館に行こうかなって。図書室、人が多くて……」
「そうだね……あ、そうだ!だったらみょうじさんも行こうよ!」

 手を胸の前で合わせて名案だと言わんばかりの山口になまえは顔を傾ける。相手は楽しそうに笑って、明確な答えはくれないまま。
 急かされるようにして校門までの道を歩いた。

「ツッキー、ごめーん!」
「遅いよ、山ぐ……なまえ?」
「さっきソコで偶然!みょうじさんも行こうって、ね!」

 振り返った山口を見て、それから校門で待っていた蛍を恐々見上げる。なまえの予想通り、蛍は何故ここにお前がいるのだという顔をして見下ろしてきた。

「山口くん、何処に行くの?」
「は?説明もせず連れて来たワケ?」
「だって!みょうじさんもテスト頑張る仲間じゃん!」

 二人が言い合いの応酬をしている間、はらはらとした心持で眺めていることしか出来ない。事態は頭のすぐ上で進行中だと言うのに、口を挟む勇気が足りなかった。

「だからって。急に……」
「とにかく!人数多い方がいいじゃん!」
「えっと、あの。何処に行くの?」
「坂ノ下商店!」
「え!本当?」

 しーっと人差し指を立てながら得意気に笑った山口に、なまえは思わず口に手を当てて聞き返す。前から行きたいと思っていた、友人達の会話によく登場する坂ノ下商店。
 それがどういう店なのか想像でしか形を結べないなまえには、勝手な憧れを抱くに充分だった。

「い、行きたい!」
「でしょ?一緒に行こうー!」
「はぁ。結局こうなるのか……」

 溜息を吐くのを隠さない蛍が、自分が立っている方とは逆に鞄の持ち手をかけ変える。その仕草は、眺めるばかりのなまえの反応を鈍らせた。
 怒ってないことは分かるのに、手放しでは歓迎されていない様な気もする。蛍の機微が分かる様になってきたからこそ、なまえは躊躇した。

「蛍くん……」
「誰も駄目なんて言ってないデショ。さっさと行くよ」

 高い位置から軽く小突かれて、その優しさにむずむずと口の端が上がっていく。先回りで考えを読まれるのも呆れられるのも、こういう形なら嫌じゃない。
 なまえは大きな歩幅に追いつけるよう、小走りになりながら二人の後を追った。



「おっせーぞお前……等?」
「あ、みょうじさんだ!」
「ぷっ!王様の記憶力じゃ覚えてないのも無理ないよね」

 坂ノ下商店に行くと、先客が3人を拱いた。手を振ってくれた日向を見て手を挙げたところで、蛍が珍しく大きな声を出す。
 どうも、王様と呼ばれている影山と蛍の相性は水と油の関係らしい。影山が「んだとコラ!」と叫んだところで、「お前等、勉強するなら静かにしろ」と言う声が聞こえた。
 新聞を広げて座っていたため気付くのが遅れたが、煙草を咥えた店番がいたらしい。その声に聞き覚えがある気がするものの、顔が新聞に隠れて一向に覗けない。
 首を傾げつつも、待たせると悪いと思い日向と影山がいる席へと駆け寄った。

「こんにちは。日向くんと、影山くん」
「……ウス」
「みょうじさんも勉強教えてくれんの?」
「俺よりは頼りになること間違いナシ!」
「何で山口が得意気なの」
「ごめん!ツッキー!」

 試合で一方的に見ていただけで、影山とは一度しか会ったことがない。おまけに蛍を呼び止めていた時に隣にいたというだけで、面識があると言えるかもあやしかった。
 眉間に皺が寄ったままこちらを睨んでくる影山に臆しながら、なまえは蛍の横の椅子に座る。緊張を隠せないでいたら、左隣から大きな溜息が降ってきた。

「谷地さんは?」
「今日は用事あるって!」
「あ、谷地さんはバレー部の新しいマネージャーだよ」

 右隣に座る山口が、包み紙に包まれた飴玉を差し出しながら説明をしてくれる。半ば押し付けられた格好で飴玉を受け取って、なまえは谷地さんと口内で反復した。

「そうなんだ。皆仲良しだね」
「「別に仲良くはない」」
「えっ?」

 綺麗に揃ったと思ったのも束の間、机を挟んで蛍と影山が睨み合う。日向と山口が止めようとする動作に入ったけれど、なまえはその前に口から感嘆の声が漏れてしまった。
 黙っていれば整っている二つの顔が、揃ってこちらを向く。その動作が寸分の狂いもなく一致していて、確信に満ちた笑みを抑えられない。

「ほら、二人とも同じ」
「馬鹿じゃないの?」
「月島と、おんなじ……」

 蛍の大きな手がなまえの頭を押さえつけて、こっちを見るなと言わんばかりに正面を向かされた。影山はまだ口の中で同じ言葉を繰り返している。
 驚いて口を開けたままの日向と目が合う。我慢が出来なくなって声を出して笑い出すと、日向と山口が追随してきて。なまえは勉強道具を取り出しながら、こんなに楽しみな勉強会は初めてだと早くも決め付けた。



***続***

20140525

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