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ゆっくりとrissoler


 日向と影山がやってきて、蛍の元に勉強を請いに来た。部活前後だけだという約束をいきなり反故にされて、納得がいかないと言えばそうだ。

「部活前後だけって話だったよね?」
「「……」」
「ね?」
「だって英語の吉田先生いなかったんだもんよー」
「営業時間内に出直して下さーい」

 二人を見ずにヘッドフォンをつけて、無視を決め込む。日向は何やら文句を垂れながら、小さい割には大きな態度で足を踏みしめ出て行った。
 山口がその後を少し遅れて追いかけて行くのが見えて、フォローは任せてしまおうと勝手に決める。

「……いくん、蛍くん」
「ああ、ごめん。何?」
「ううん。日向くん達来てるの、珍しいなって思ったから」

 気付くと傍になまえが立っていて、心配そうに眉が下がっている。その心配が自分だけに向けられているものではないと気付いて、少し癪だと思った。

「なまえは日向が気になるの?」
「え、え?日向くん?」
「別に本気にしなくていいよ」

 意識的に口を上げて笑おうとする。なまえにはその皮肉も伝わらないらしく、首を傾けて記憶を手繰っている様だった。
 はめたばかりのヘッドフォンを外す。そうしないと彼女は、すぐ自身の席へ引っ込んでしまうから。

「英語って聞こえたけど」
「来月のテストに備えてね」
「え?もう勉強してるの?凄いね!」
「アイツ等は赤点取らないように頑張ってるんだけど……今のままじゃちょっとね」

 口から漏れる息は溜息のそれで、馬鹿にしているつもりだったのに。なまえは何故か手で握り拳を作り、身構えたままだ。

「やっぱり蛍くんは、英語得意なの?」
「なまえも凡ミスしなきゃ大丈夫だよ」
「うう、それを言わないで」

 ははっと声に出して笑う。そうして改めて思い知らされるのだ。なまえといる時、自分はいつだって感情が起伏しやすくなる。

「不得意は物理だっけ?」
「地理も、あんまり……」
「数学は出来るのにね」
「そんな事は……へへっ」

 比較として言ったつもりだったのに、なまえは嬉しそうに笑う。からかってやろうかと思いつつ、そんな単語はついぞ自分の口から滑らない。

「何なら教えてあげようか?」
「え、いいの?営業時間内?」
「なに、教えて欲しくないワケ?」

 先程のやり取りを聞いていたのかと、きまりが悪くなって意地を張る。勿論、相手がそれ位で臍を曲げたりしないと分かっているからだけれど。

「や、お願いします!蛍先生」
「分かればよろしい」
「ふふ……あ、でも」

 頭を下げた後ひとしきり笑うなまえが、何か思い当たったことがあったのか左に視線を寄せる。行き場の定まらない左手の行方が、気になる自分に嘲笑う。
 早くしないと、山口が帰ってくるかもしれないのに。

「私には有り難いけど、蛍くんにはメリットない、かも」

 心底申し訳なさそうに、語尾が小さくなっていく。想像もしていなかった答えに面喰らって、反応が遅れてしまった。
 なまえはどう解釈したのか、徐々に頭が下がっていく。それを見ていたら自分のくだらない自尊心程度など、天秤にかけるまでもなかった。

「馬鹿じゃないの?」
「ご、ごめ……」
「僕が教えるって言ってるんだから、なまえはただ有難がればいいんだよ」

 頬杖をついて明後日の方を向きながら、人のことを言えないくらい小声で捲くし立てた。自分が今どんな顔をしているのか、想像もしたくない。
 急にがやがやと教室の喧騒が大きく聞こえた。さっきとは矛盾した結果を頭が要求する。山口、早く帰って来い。

「ありがとう、蛍くん!私、頑張るね」
「何を頑張るの?」
「わぁ!山口くん?」
「声大きいよ、二人とも」
「「ごめん」」

 いざ本当に帰ってきたら、説明が面倒だと思う心も沸いてくる。つくづく自分の身勝手さは、この気持ちへの自覚を伴って苦々しい。
 蛍は、なまえへの消しようもない感情の名前をもう知っている。

「テスト勉強かぁ、俺も頑張んなきゃ」
「山口くんも?仲間だね!」
「みょうじさんも?でも大丈夫だよ!ツッキーがいるから!」

 何故か自信満々に答える山口が、胸をどんと拳で叩く。教えるのは構わないけれど、点数を取るのは自身だと言う事を忘れていやしまいか。

「僕が教えるんだから、赤点なんて取らないよね?」
「うえ!?も、勿論だよ、ね?」
「う……うん。頑張ります」
「じゃあ二人とも、苦手なところ重点的に今日からみっちり、ね?」

 眼鏡をわざと指で押し上げて、にんまり笑ってみせる。肩を震わせて口をきつく結んだ二人は、同じ様に緊張していて可笑しかった。
 この感情の意味を知っていても、白黒つけさせる気にはならない。自分でも芽生え始めた気持ちに、まだ戸惑うことがあるから。
 なまえに響くには先が長そうだと結論付けて、蛍は二人を見ながらわざと長い溜息を吐き出した。



***続***

20140518

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