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 HRの時間にそろそろ席替えをしようと担任の先生が提案した時、クラス中に響き渡る声は歓喜に近いものだった。
 席替えってちょっと不安もあるけど、ドキドキするし、楽しみもある。今までの私なら、少しウズウズしたかもしれない。
 でも今日は違っていて。斜め前の席を見て、小さな溜息をこっそり逃す。蛍くんの斜め後ろの席、好きだったなぁ。
 授業中に眺めていても誰にも咎められないし、正面から見られたら緊張しちゃって無理でも、この席からなら平気だったのに。
 席替えで遠くなったら、ちょっと寂しいかも。

 なんて、緊張していたのは先生の説明を聞いていた時だけで、黒板の前に溢れる人を見ながら気後れした。私はまだ紙を握ったまま、自分の席で棒立ちしている。
 ちらりと斜め前の蛍くんを見たら、まるで他人事みたいに座って黒板の大混雑を眺めていた。そんな人は何人かいて、効率がいいと言えばそうなのかも。
 でも、私はこの波に突入しようとしている。ちょっと怖いかなとも思うけど、やっぱりこういうお祭り騒ぎは、楽しんだ者勝ちだって気がするし。

「よしっ!」

 自分の席で気合を入れ直して、一歩踏み出す。蛍くんの席を通り過ぎたところで、聞こえる筈のない溜息を聞いた気がした。
 ガタンと通り過ぎた席から音が聞こえて、足が止まる。簡単に追いつかれて、すぐ後ろから声が届くと吃驚してしまった。

「早く、歩けば?」
「ひゃ……っ!」
「何番?」
「え?え?」

 思ったより耳の近くで聞こえる声に、心臓が跳ね上がる。持っていた紙を開けさせられて、番号を見られたことにも気付くのが遅れた。
 蛍くんとの距離が近い。いつもはこんなに至近距離で感じることのない声は、私の耳に篭って反響した。

「……ちっ」
「け、蛍くん?」
「何でそんな所引くかな」
「う……そうです、よね」

 なんて言われている間に、黒板付近まで辿り着く。けれどチョークを握るまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。
 私の番号と席に書かれた数字を照らし合わせると、前から3番目の真ん中の席。先生からもばっちり見られる目立つ席で、ハズレ籤かもしれない。
 そう言う蛍くんの番号は何番だったのかな。気になるけど、見せてなんていう余裕は全くなかった。女の子のグループがもめていて、黒板の前から動く気配がない。
 先生をそっと盗み見る。自分達で解決しろと言わんばかりに、窓の外を眺めるフリをしていた。フリというのは、私の思い込みかもしれないけれど。

「ねーね、アンタ何番?」
「えっ?」
「ゆっちん、もうちょっと声……」
「だって私だけ皆と遠いんだもん!」

 その声だけで、何となく周りの人は皆事態を把握したと思う。同じグループの子と席が遠いってちょっと嫌かもしれない。
 ましてや自分だけって不安なのかも。よく考えたら、私が蛍くんと遠くなっちゃうのが嫌なのも同じことかな。

 すでに同じグループの子は何人か書き始めていて、黒板を見るとぽっかりと席が一つ空いていた。その数字、どっかで……あれ?
 前から3番目の真ん中の席。つまり、私が引いちゃった番号の席の周りに固まってしまっているみたい。

(どうしよう、言った方がイイ……)
「ねぇ、これで良かったら交換する?」
「えっ!月島くん、いいの!?」
「その代わり、そっち頂戴」

 私がぐるぐると脳内会議をしている間に、蛍くんの声が耳に届いて。顔を上げた瞬間に、私の引いた籤は女の子の手へと渡っていた。

「月島くん、やっさしー!」
「ありがとう!」
「いいよ。僕、大きいから後ろの方がいいし」
「「「「「そっかぁ!」」」」」

 にこやかな笑みを浮かべて受け答えする蛍くんに、女の子達は一斉に可愛い声で同調する。私はその笑顔に違和感を覚えるものの、何も言えないまま突っ立っているだけ。
 女の子たちの波が落ち着くと、蛍くんは受け取った番号を確認して月島と書いた。あまりの自然な流れに、当然ながら文句を言う人は誰もいない。
 そして取り残された私はどうすればいいのかな、なんて。

「蛍くん……あの、」
「ハイ。なまえはこれ」
「え、あっありがとう」

 少し小さく折り畳まれていた紙は、蛍くんが最初に引いたと思われる番号が書かれていて。一番前とかだったらどうしようかと黒板の文字を追う。

「あ……」
「まだ人いるし、早く書いたら?」

 何だか事態を飲み込めなくて、チョークを持つ手に力が入らない。それでも蛍くんに促されるまま、私は四角く区切られた7番の枠にみょうじと書き込んだ。

「よーし、移動しろー!」

 全ての番号に名前が埋まる頃には先生の声が聞こえてきたけど、もたつく足ではちっとも進まない。机を指定の場所まで移動させると、クラスの大半の大移動が完了していた。
 だって、こんなの。確かに離れたら寂しいなぁって思ったけど。

「……っぷ」
「っ!」
「なになに?月島何で笑ってんだよ」
「別に。立場逆転だなって思って」

 斜め後ろから聞こえる声に、縛られたみたいに振り返れなくなる。今までは眺め放題だった後ろからの景色は、やっぱり特別だった。
 今度は蛍くんの方が後ろで、しかもすぐ斜め後ろだなんて。無理!もう欠伸とか、授業中製菓の落書きとか出来ない。
 ギリギリに学校について自分の席で髪の毛直すのも、姿勢をコロコロ変えて授業を受けるのも。全部出来なくなっちゃう。

「後ろの席っていいね」
「ああ!それは分かる。俺後ろからクラス観察するのとか好きなんだよなー」
(うわあああ!やっぱり見るよね!)

 蛍くんの声に同調する男の子の発言に思わず机に突っ伏して頭を抱えた所で、蛍くんの喉にかかる声が聞こえて。近くて嬉しいとも思ったのに、緊張でどうしようもなくて。
 蛍くんが私ばっかり眺めているはずなんてないのに。その日はずっとお腹に力を入れながら、姿勢を正して先生の話を聞いていた。



***続***

20140505

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