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苦手な人


 窓から誘う春色の気配。学校は小学校から中学校、中学校から高校へと上がっても、変わらず桜が咲いている。
 校長先生曰く、去年は間に合わなかったらしいけれど、今年は入学式にも綺麗に咲いた。

 風で舞い上がる薄いピンクの花びらが踊るのを見るのは、日本人であれば少なからず心が浮つく。それなのに今の私は、窓際へと視線を泳がせると途中でその気持ちが萎んでしまう。

「……」
「……」

 一瞬視線が合ったものの、彼はその事実は無かったかのように無視をした。私は斜め前の窓際席の人、月島蛍くんが苦手だ。
 何も勝手に苦手だって訳じゃない。向こうも私が大嫌いなんだと思う。
 


 新しく高校生になって、直したいと思っていることがあった。それは、引っ込み思案で人見知りするこの性格。
 お店がケーキ屋で客商売だし、お客さんには接することが出来るのに、同い年の子となると緊張してしまって上手く喋れない。
 そんな性格を変えたかったし、友達だって沢山作りたかった。

 烏野高校からは少し離れた位置にあるウチのお店によく来る常連さんが、クラスメイトになったと気付いたのは、入学式を終えてすぐ。
 自分の席に座ってキョロキョロと辺りを見回すと、背の高い見知った人を見つけたのだ。

 最初はとても浮かれた。中学からの知り合いがこのクラスにはいなかったし、全然知らない人ばかり。知った人がいることが単純に嬉しかったから。
 勇気を出すのは今だと思った。やらなきゃ、ずっと変われない気がする。

「あの!あの、みょうじなまえです」
「……げ」

 げ?
 声が掠れたけれど、丁寧に自己紹介したつもりだった。なのに、頬杖をついたままの相手は、嫌そうな顔をしていて。
 聞き間違いかな?溜息まで聞こえるんだけど。

「あの、ウチのケーキ屋に……」
「……」

 喋り続けようとしたけど、相手がヘッドフォンを装着した。これは喋りかけるなってことなのだと、流石の私も分かってしまった。
 どうしよう。立ち上がったはいいけど、席に戻るに戻れない。

「ツッキー!ツッキー!」
「うるさいよ、山口」
「ごめん、ツッキー!」

 後ろから追い越してきた男の子が机にぴったりまとわりつく。この人も大きいなぁ、私が小さすぎる所為もあるかもしれないけど。
 ツッキーというのはこの、ショートケーキの好きな常連さんの名前だろうか?そして、隣に立った男の子が山口くん?
 山口くんは私を振り返って、軽く会釈してくれた。私も慌てて頭を下げる。

「ツッキー、知り合い?」
「……別に」
「……っ!」

 視線を急旋回させて、ツッキーくんを見た。店員の顔なんて覚えてない?でもさっきの顔は明らかに私を知っている顔だった。

「あのー……」
「……チッ」

 近所の犬にするかのように、シッシっと追い払う手の仕草。ここで怒れば良かったのにそんな勇気もなく、決意が泡のように消えていく。
 ゆっくりと後ろに下がりながら自分の席へ戻ったとき、体中が重くて恥ずかしかったのを、今もありありと覚えている。



(ああ、思い出しても腹が立つ!)

 ノートに黒板の文字をそっくり走らせながら、腕に力が篭っていく。そう、この話はここで終わらなかった。だからこそ、彼が苦手になったんだ。

 HRも終わってトボトボと帰路に着く途中、一人反省会をしていた。
 最初に躓いてしまったショックから、私は誰にも話しかけることが出来なくて、完全に出遅れてしまったのだ。
 明日からどうしようかと作戦を練っていたところで、後ろへ腕を強引に持っていかれた。

「ねぇ」
「痛……あ、ツッキーさん!」
「その呼び方やめてくれない?」

 見上げると背の高い眼鏡、ツッキーことショートケーキ好きな常連さんだった。他人のフリじゃなかったのかと聞きたかったけれど、不機嫌丸出しの顔が怖くてやめた。

「えーっと……」
「月島。あのさ、お願いがあるんだけど」
「へ?」
「学校で余計なこと言わないでくれない?僕があの店によく行くこととか」

 これはつまり、口止めをされているんだろうか?でも待って、何でそんなに頼む側の月島くんが偉そうなの?

「一番は店に行かないことだけど、あそこのケーキは美味しいしね」
「……え、え?」
「頼んだよ、みょうじさん?」

 強引で勝手で、高圧的だったのに。お父さんの作るケーキを美味しいと言ってくれるお客様。そう思ったら頷いていて。
 ふっと息を吐き出して笑った月島くんは、満足したのか腕を離して行ってしまった。

 呆然としながら、腕の痛さで少しずつ事実を理解する。背が高くて格好いいと思っていた常連さんは、私と同い年の嫌味な猫被り少年だったんだと。
 この日から私は、月島蛍くんが苦手だ。



***続***

20131025

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