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決着


(まさか優勝出来るなんて思ってないデショ?)

 昨日の蛍の声が、耳の奥で鳴っている。一瞬世界が止まってしまった様に、なまえには会場の音が遮断された。
 でもそれは只の思い過ごしで。それを証明するかのように、パチパチと鳴り響く拍手の渦が、観戦していた二階席から大きくなっていく。
 烏野と青葉城西の試合は終わった。フルセットまでもつれこみ、25点取ったら終わりと思っていた得点はデュースでその上をいった。
 それでもスコアボードやトーナメント表に深く刻まれるのは、敗者と勝者を分ける二点の差だ。

 3回戦。午前中の試合。進むにつれてギャラリーの増えた試合の幕切れは、相手チームのブロックで決まった。
 上から声をかける観戦者たちに、烏野のメンバーがお辞儀をする。なまえの見つめる一点は、蛍の顔から動かない。
 汗ばんでいて、表情はよく読み取れない。どんどんと視界が歪んでいく自分の方が、よほど酷い顔をしていると簡単に推測出来る。
 知り合いから逃れる様に、駆け足でその場を後にした。



 フラフラと家に帰り着いた後、午後から店の手伝いをしなくてはならないと思ったが、それすら許しては貰えなかった。
 とても人前に立てる顔をしていないと母から言い放たれて落ち込む。

「ごめんなさい」
「……今日はいいって前から言ってたでしょ!せっかくの自由な時間なんだから好きに使いなさい」

 こんな時何も言わないで待っていてくれるのはいつもの事で。その優しさに触れて、なまえは少し笑ってみせた。

「たまにはのんびりしてもいいのよ?」
「うん、ありがと」

 それでも重い足取りで階段を登ると、自分の部屋までが長い道のりに感じられる。ドアを開けると視界に飛び込んできたベッドに、着替えもせずに身を沈めた。



「……ん?」

 どれくらい眠っていたかは分からない。気付けば差し込む光が夕方の橙へと変わっていた。電気を点けていない部屋は少し薄暗い。
 そんな中で点灯する携帯のディスプレイの文字に、眠りから勢いよく叩き起こされた気分だ。

「ふぁ、い!」
(……寝てた?)
「う、うん」

 目を滑らせて、机上の置時計に目をやる。時刻は5時半を少し回ったところで、昼食も食べずによくこれだけ寝られたものだと自嘲した。

(実はもうすぐ店の前を通るんだけど)
「あ……蛍くん、今帰りなの?」
(まぁね)

 試合に負けたからといって、ハイ終わりということでは当然ない。なまえにとってその先は想像でしか補えないところだが、今まで何していたの?などと、無粋なことを聞く理由にもならなかった。

(あのさ、会……)
「会いたい!待ってて」

 乱暴にドアを押し開けて階段を駆け下りていく。携帯を耳に押し当てたまま、靴を履いて外に飛び出した。

 指示された自宅からほど近い公園に着くと、蛍はベンチに座ってヘッドフォンを気にする仕草をしていた。その横顔を見ただけで、なまえは鼻の奥が痛くなる。

「蛍くん……!」

 なまえが目の前に立つと、蛍も立ち上がる。小さく溜息を零した後笑った顔に違和感を覚えて、試合直後の感情がぶり返したのは自分の方だ。

「馬鹿じゃないの?」
「そんなこと……っ!?」
「だから嫌だったんだよ、楽しいもんじゃないデショ」

 淡々と喋る相手に、なまえは何も反論することが出来ない。言いたいことは沢山あるのに、頭に浮かんでもこない。
 引き寄せられた体は、簡単に蛍の胸に収まってしまった。ドクドクと波打つ心臓の音が、どちらのものかも分からない程近い距離。
 耳に直接吹き込まれるのは、辛辣な言葉なのに優しい声。その全てがなまえを硬直させて、溢れそうになる涙を繋ぎとめている。

「大体、何で泣く訳?別に泣くこと……」
「蛍くんが、泣かないから!」
「はぁ?」
「代わりに、泣……う、っく、ふ」
「本当、馬鹿だね」

 耳を押さえられて上へと向かされた顔が、蛍の顔と向き合うと我慢が出来なくなった。眼鏡越しに覗く瞳は黒く沈んでいたけれど。
 なまえにはどうしても、泣きたくても泣けない人間の顔に見えたのだ。

「だって惜しかった、悔しい」
「あっそ」
「また、他人事みたいに……」
「そうやって、暫くうるさくしてて」

 もう一度引き寄せられて、今度は痛いくらいに抱きしめられた。苦しくなるのは胸だけではない。それでも振りほどく事は出来なかった。
 背中に回った両手がきつく握りしめられて尚、震えている様に感じたから。

「蛍くんは、格好良かったよ。烏野の皆さんも頑張ってた!」
「……」
「う、う……でも、負けたってことはまた強くなれる」
「は……なまえ、言うね」
「だって、上手くいかない方が練習するじゃない」
「たかが部活デショ」
「それは、悔しいかどうかだよ」
「……」

 なまえの肩に顔を埋めて、蛍がそれきり黙ってしまった。反対に支える形になって戸惑ったが、自分の左肩が熱く感じたので何も言えない。
 IH予選。大きな大会だと思う。これが終われば、蛍の次の目標は何なのだろう。自分の目先の目標は、任せてもらえる菓子作りの工程を少しでも増やすこと。

 ぎこちないのは承知の上だが、なまえはゆっくりと蛍の背中に手を回した。どうか優しく響くようにと、ポンポンとその手で叩く。
 悔しいと思う心があれば、部活とか仕事とか、枠組みや拘りなんて関係ない。いつか蛍自身が気付く時はそう遠くない気がして、なまえは泣き笑いながらその背中を叩き続けた。



***続***

20140411

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