次は一回戦のようにはいかないと蛍くんから聞いていたけど、午後からの二回戦は本当に手に汗握る接戦だったと思う。
私は1ポイント毎にハラハラしていたし、怖くて目を瞑ってしまうことも多かった。相手の伊達工の応援も凄くて、強豪校なんだなって私にも分かった。
「すごいなぁ。蛍くんも烏野も、強い」
ざわめく帰り道でバス停へと向かう途中、思わず独り言を呟く。バレーってすごいなぁ。試合中は何回も何回も飛んで、拾って、繋げて。
相手の高校の人も凄かった。鉄壁という垂れ幕の通り、ブロックの人はすごい威圧感で何度もブロックをされる場面もあったけど。
会場がざわめいていたように、蛍くんと同じポジションの日向くん、だっけ。彼と王様って言われていた影山くん、二人の見えないくらいの速攻が効いていた気がする。
(私には気付いたら相手コートに落ちてた時も、あったんだけど)
それでも素人目にも分かる位、烏野は注目されていたと思う。第二セットになるにつれて、ギャラリーが増えていたから。
(すごいなぁ。あの中で試合している蛍くんも、遠い人みたいだった)
違うコートで試合をしていた高校の応援で、やたらと女の子の声援が聞こえていた。いつか蛍くんも有名になったら、ファンとか出来たりするんだろうか。
するよね、今でも格好良いって学校では知られている訳だし。
(うわぁ。今の、全然バレー関係ない!)
バスに乗り込んで外を眺めて、頬をぺしぺしと叩く。どうやら選手は明日の試合に向けて偵察してから帰るらしかった。
鳥養さんが大声で指示していたのを上から聞いたとき、蛍くんと一瞬目が合った気がしたけど。思い上がりの気がして、自分から目をそらしてしまった。
いつもより長風呂をして、足をほぐす様に揉み込む。いつもならお店のメニューについて考えている時間だけど、今日は試合のことばかりだった。
目を瞑れば、浮かんでくる光景。ボールが地面に叩き付けられる音、声援と選手の掛け声、汗と湿布の匂い。人があんなに綺麗に飛んで、スパイクやブロックをすること。
その中で、汗をかきながらも何度も飛ぶ蛍くん。
「本当に、何も知らなかったんだなぁ」
私は蛍くんについて何も知らなかった。バレーがどういうものなのか、本当の意味では知らなかった。コートに立っていた蛍くんはいつも通り淡々としていたけれど、本当に格好良かった。
「なまえ!電話鳴ってるけど!」
「わぁ!ごめん、もう出る」
髪の毛を乾かして部屋へ駆け上がると、着信履歴に月島蛍の文字。それだけで心臓が大きく跳ねたのを、嫌になるくらい自覚してしまった。
かけ直さなきゃ。でもその前に、ベッドに腰掛けて深呼吸を一つ。駄目だ、変に身構えちゃったら余計に緊張する。
「も、もしもし!なまえです」
(……っぷ。分かってるケド)
「ごめん、お風呂に入ってて着信気付かなくて。えっと?」
かけ直さなきゃいけないとそればっかり思っていたから、蛍くんがどうして私に電話をくれたのかを考えていなかった。
そういえば、何か用事があったのかな。勝ったらケーキ奢りって言っていたから、それのことかもしれない。
「ケーキならいつでも……」
(言うと思った。ハズレ)
電話越しにでも聞こえてくる、蛍くんのいつもの溜息。呆れた様に聞こえるのは、きっとどんな表情をしているかまで分かっているから。
あ、私、そういえば。一番大事なこと伝えてなかった。
「おめでとう!言うの忘れててごめ……」
(そうじゃない。あのさ、必死過ぎ)
「え?」
(あんなに祈りながら観られたら、こっちが申し訳なくなるんだけど)
くつくつと喉にかかる笑い声が続いて、怒ってないことは分かるんだけど。蛍くんの言っているのが私の観戦していた時の話だと分かって、一気に恥ずかしくなる。
見られていた。接戦で見ていられないくらい緊張して、蛍くんのブロック決まって!と心の中で叫びながら祈っていたのを、ばっちり。
「何で、見……」
(僕はアウトの時も多いし、普通に見えるけど。怖い形相して睨んでるから、目立ってたし)
「睨んでる、つもりは……」
(あのさ、もう少し適当でいいから)
適当。蛍くんの言った言葉の意味が噛み砕けずに、頭の中で反芻してみる。肩の力を抜けって言っているんだろうか。
確かに、怖い顔で観戦している人間がいたら嫌かなぁ。別に、睨んだつもりは断じてないけど。
(いつか負けるんだから、そんな気負わなくてもいいよ)
「え……あ、の……」
(なに、まさか優勝出来るなんて思ってないデショ?)
そう言われて言葉に詰まる。所謂強豪校というものがどういうものか、今日一日で良く分かった。試合の応援も凄くて、人が沢山。
そういう意味でなら、烏野は強豪校とは言えないと思う。伊達工業に勝ったことをギャラリーから驚かれていた位だし、人数だって少ない。
でも、なんとなく勝手に思っていた。やるからには優勝を目指しているんじゃないかなって。
「青葉城西ってそんなに強い高校なの?」
(……なまえって、たまに融通利かないね)
「私は応援するだけだから」
蛍くんがどういう気持ちで部活をやっているかなんて、知り合って間もない私には理解出来ないものかもしれない。
でも、知らないままは嫌だなぁと思うから。やっぱり、応援したい。例え青葉城西が、会場で聞いた噂通りに強かったとしても。
「今日の蛍くん、凄く格好良かったよ!」
(それはどうも)
「うん!コートから手がぐわぁって……」
(君はホント、語彙力が残念だよね)
最後の方は散々なことを言われた気がするけど、それでもいつも通りのやり取りが嬉しくて。少しだけ蛍くんを遠くに感じてしまったことを、気のせいだってことにしたかった。
***続***
20140330