「わぁ。こんな、広いとこで……」
独り言だったのに、思わず声が上がってしまった。試合会場というものにあまり縁の無い私だけど、とても立派な所で試合が行われるのだということは分かる。
それ位、この体育館は広くて綺麗で、人の熱気が溢れていた。
電車に乗って最寄り駅からは歩いて7分。遠くからも見える大きな建物に、入る前から心が落ち着かなかった。私が緊張したって仕方ないけど。
ざわつく会場内に、ポツポツと噂話が飛び交っている。大きく張り出されたトーナメント表の前には、お揃いのジャージを着た集団が沢山いた。
(うう……見たいけど、近寄れない)
「それにしても烏野、怖かったよなぁ!」
自分の高校の名前がいきなり飛び出してきて、急に肩が跳ね上がる。別に私服だから烏野生だとバレる訳もないのに、思わず耳を傾けてしまった。
「ああ!東峰?」
「いや全体的に雰囲気?噛み付いてたし」
「なー!態度だけは昔の強豪のままなのかもよ?」
ははっと乾いた笑いが続いて、胸の手前で作っていた拳が縮こまる。滝ノ上さんも言っていた、昔は強豪だったと。
だからと言って偉そうな訳でもないだろうに、そんなこと言われるのは心外だ。少なくとも、蛍くんも山口くんも偉そうに振舞っている様には見えない。
「でも、西谷と影山がいたのは意外だわ」
「な!コート上の王様って近くで見たらすげー怖くね?」
奇妙な感覚だけれど、名前よりも渾名の方に聞き覚えがあった。いつだったか、蛍くんを呼び止めた同じ部の1年生。
彼のことを蛍くんは王様と呼んでいて、それがあまりに変わった渾名だったから、覚えていたんだ。
(えーっと確か、日向くんか影山くん。だから西谷って人は先輩かな?)
山口くんが後から教えてくれた二人の名字を今になって思い出す。確か、滝ノ上さんから1年生は4人だと聞いたから、これで全員のはずだ。
(じゃあ王様って呼ばれていたのが影山くんで、あの時手を振ってくれたのが日向くんだ)
顔は何となく覚えている。背が高くてちょっと顔が怖い人が影山くん、コート上の王様?元気いっぱいって感じの明るい髪色した方が日向くん。
よし、覚えた。滝ノ上さんの印象に残っているくらいだから、試合に出ているかもしれない。二人を覚えておいて損は無いよね?
一回戦の試合は、素人目に見ても烏野の圧勝という印象だった。それでも皆一生懸命だったし、全力だった。声かけもすごくて、気合が入っていて。
昔は強豪だった?とんでもない。今も充分強いと思った。場内がざわついていて、日向くんの背番号が何度も囁かれているのを聞いた。
それにしても試合をしている蛍くんは一段と格好いい。手がぐわぁってのびてきて凄かった。吃驚した!吃驚したぁ!
「蛍くん……すごい人だったんだなぁ」
「馬鹿じゃないの?」
「わぁ!何で?」
「大きい声で恥ずかしい独り言呟かないでくんない?」
袖を少し引っ張られて、振り返った先には息を切らした蛍くんがいる。あまりの展開に口を開けたままでいたけど、指摘されて思わず口に手を当てた。
私はいつもどうしてこう、蛍くんに恥ずかしい所ばかり目撃されてしまうんだろう。
「お昼ご飯、どうするつもり?」
「えっと、コンビニにでも……」
「これ、あげる」
「え?これ、蛍くんの分じゃないの?」
「そこで食べるつもりなんだけど」
これは要するに、一緒に食べようっていうお誘いなのかなぁ?でも、山口くんはどうしたんだろう。いつも一緒にいる訳じゃないって怒られそうだから、聞けないけど。
教室ではお弁当だけれど、コンビニの紙袋から出てきたのはいくつかのパン。もしかしたら試合前だから沢山は食べられないってことかな?
「えっと、私もご一緒していい?」
「……好きにすれば」
「うん!ありがとう、蛍くん」
「っ!お茶買ってくる」
「あ、いいよ。私が買って……」
「大人しくしててくんない?結構探し……」
蛍くんの口が止まって、私も一緒になって止まってしまった。探してくれたと解釈してもいいのかな?でも、こんな広いところで見つかるってすごいなぁ。
「蛍くんは、すごいね」
「もう黙って座ってろよ」
私は頬が緩んでいたんだと思う。蛍くんは怒り気味に言い放って、大股で自販機まで一直線に向かっていく。
ゆっくりと見送りながら、設置されている椅子に腰掛けた。座って落ち着けたはずなのに、心臓がドキドキと高鳴っていく。
試合を見ていた時と同じ感覚。私は再現するかのように手前で指を絡めて、痛さに気付いて離して、また絡める。
「はい、ほうじ茶でいい?」
「ありがとう。すごい、ほうじ茶……」
「好きデショ?よく教室で飲んでるし」
そう言われて、一層大きく心臓が跳ねた。私は蛍くんがいつもヘッドフォンをしているのは知っているけど、何を聞いているかまでは知らない。
それが急に寂しいことのように感じて、何か言わなきゃいけないような気持ちに駆られた。
「蛍くん!すごく格好良かった」
「だから、声でかいんだけど」
「ごめん……でも本当にそう思って」
地面に垂れていく頭に乗ったのは、蛍くんの大きな手。この大きな手で今までバレーボールを相手コートに落としていたんだと思うと、すごい熱を感じる。
「次も、応援するから!」
「そんなに気負わなくても、ちゃんと聞こえてたよ」
こんな広い会場で、私を見つけてくれた蛍くんだから。きっと私の応援の声も、ちゃんと聞き分けてくれたんだと思う。
それが本当に嬉しいはずなのに。私は熱くなり過ぎて火照っていく顔が恥ずかしくて、しばらく黙って地面を睨みつけることしか出来なかった。
***続***
20140318