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熱量を託す


 放課後、珍しくちょっと寄り道をした。近くの神社なんだけど、挨拶をしてからお守りを買う。地元では結構有名らしいから。
 蛍くんの試合の前に渡しておけたらいいなぁ、なんて思って。



 次の日、そわそわし過ぎていつもより学校に早く着いてしまった。誰もいない教室には澄み切った空気が広がっていて、否応なく緊張を煽る。

 問題はどうやって渡すか、なんだけど。思わず学校に持って来てしまったお守りを包みから取り出す。うーん、差し入れとかの方が良かったかな?
 そもそも願掛けとか必要ないのかもしれない。蛍くんは遅くまで部活頑張っているみたいだし、休みだってあんまりない。
 最近はメールで寝落ちしちゃうことも増えたし、疲れているんだなぁって分かっている。疲れているってことは、充実しているってことだ。
 口では別にそんなことないって否定されるだろうけど、彼はとても真面目だと思う。

「何ニヤけてるワケ?」
「わぁ!蛍くん?」
「随分楽しそうだねぇ?」

 楽しそうなのは蛍くんの方だとは、火に油を注ぐ様なものだって分かっているから言えない。握りしめたお守りを咄嗟に隠して、首を伸ばして見上げる。

「おはよう、蛍くん。朝練は?」
「今終わったトコ。何隠したの?」
「へ!?あ……山口くんは?」
「忘れ物。先行っててって言われたから」

 うん、絶対に怪しかった。隠さなきゃ良かった。その後も、ちゃんと答えればよかった。みるみる表情が険しくなっていく蛍くん。
 それを見て後悔する位なら、下手な手を打たなきゃ良かったんだ。

「ごめんなさい、実は……コレ」
「何ソレ?」
「えっと……蛍くんに渡そうと思って持ってきたんだけど」

 両手で握りしめたお守りを、机の上に差し出す。それを見て眉間の皺が濃くなる蛍くんに、言葉足らずだって言われている気になった。

「もうすぐ試合だから。その……」
「それで僕に?」
「うん。試合、頑張ってね!」
「無病息災って書いてあるけど?」
「あ……怪我!しないように!」

 蛍くんの長い綺麗な指で引っ張り挙げられたお守りの、縫い付けてある文字を見る。うーん、必勝!とかの方が良かったかな?
 選ぶ時は刺繍の色ばかり見ていて、文字のことは深く考えていなかった。淡い緑。蛍くんのクリーム色の髪とお似合いの、グラスグリーンの糸。

「ふーん。お守りとか……逆に新しいのかもね?」
「うう……いらないなら、返して」
「誰もそんなこと言ってないデショ」
「〜っ!」

 掴もうとしたお守りが、あと少しのところで数センチ上空に舞う。紐部分がぶらんと揺れて、からかわれている気分だ。
 というか、絶対からかわれている!



「ツッキー!ごめんね」
「別に待ってない」
「そっか!あ、みょうじさん、おはよ!」
「おはよう、山口くん」

 朝練で忘れ物をしたらしい山口くんが、教室に駆け込んできた。急いできたのか少しだけ息が上がっている。単に、練習がハードだったのかもしれないけど。
 バレー部って、本当にすごいなぁ。

「いつもお疲れ様、です」
「何ソレ?」
「えっと、応援してるって意味だよ?」
「……っぷ!何言ってるんだか」

 そう言いつつ、蛍くんの手が一回だけ私の頭を撫でた。恥ずかしくて視線を落とすと、反対の手でズボンのポケットにお守りが押し込まれている。
 良かった。受け取っては貰えたんだ。

「ツッキー、何隠したの?」
「目敏いよ、山口」
「ごめん、ツッキー!」
「あと五月蝿い」

 二人の楽しそうな掛け合いを聞いていると、時間が経つのはあっという間。ぞろぞろと入ってくるクラスメイトに朝の挨拶を交わしながら、机の上に今日の一限目の教科書を取り出す。
 そういえば、今日は宿題の提出があったんだっけ?

「げ!今日一限数学だ……」
「まさか、宿題忘れてないよね?」
「あああ……ツッキー!」
「馬鹿じゃないの?早く書きなよ」

 少し斜め前の方で涙声になって慌てる山口くんには申し訳ないけど、おかしくなって笑った声が漏れてしまった。
 それを聞いたらしい二人がこっちを見て、お揃いで首を傾けるから。口を抑えても止まらない。だって、二人とも。

「仲良し、だね」
「うん!俺とツッキーは……」
「うるさい、山口。本当に黙れ」

 溜息を吐くけど、蛍くんが本当に怒ったりしているとは思えないから。またおかしくなって笑うと、仕舞いには頭を軽く小突かれた。
 ちっとも痛くないそれは、一瞬のことだったのに熱を残す。

 山口くんの宿題を必死で写す様を見ながら、お守りを受け取って貰えて良かったなぁ、なんて。ちょっと不謹慎ながらニヤニヤが止まらなかった。



***続***

20140225

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