いつもの様になまえの店に行ったら、思わぬ人物に遭遇した。後ろ姿では分からなかったから、店内で声をかけられて驚愕してしまった。
「い、いらっしゃいませ」
「おお?烏野の眼鏡くん!」
「……どうも」
明らかに挙動不審なポーズをしたなまえを見て、この人はよく此処に来るんだと分かった。それにしても馴れ馴れしい。
確か、町内会チームの人。烏野のOBって言っていた気がする。
「そっか!なまえちゃん、同じクラスって言ってたな」
「はい。滝ノ上さんはお店いいんですか?」
チラリと掛け時計に目をやってなまえが促すところを見ると、結構な時間いたんではないだろうか。何かムカつく。
「んー、電器屋ってそんなに客がホイホイくるもんじゃないからさ」
「他の店の営業妨害もどうかと思いますけど」
「……何か言ったか?ノッポの兄ちゃん」
「別に。ショートケーキ2つとザッハトルテ、あと、甘夏のチーズケーキ」
「はい!ありがとうございます」
危うい会話をハラハラとした様子で見ているなまえが、注文をすると弾けたように動き出す。じーっと見てくる相手の視線に気付かないフリをしながら、ガラスケースに並んだカラフルな色を睨んでいた。
ガラスに制服が映り込むのを見て顔を上げると、注文したケーキを確認する為にやっと視線を合わせたなまえが、ぎょっとした顔をして僕と滝ノ上さんを見てくる。
「あ、の?滝ノ上さん?」
「ああ!いやいや。そっかー、月島くんだっけ?」
「はぁ、そうですけど」
この人、確か王様の挑発に乗っていた人だ。田中さんみたいなメンチ切るタイプ。何を言われるんだろうと身構えていたら、ニヤっと笑われて。
「頑張ってな!」
「……はぁ」
この場合試合を、という意味だろうけど。妙に含みを持った笑顔を向けてくるのが嫌だ。きっと相手にも、僕が嫌だと思っているのが伝わっている。
なまえは僕と滝ノ上さんへ視線を往復させるだけで、口を固く閉じたままだ。また、余計なことは言いませんとか何とか思っていそう。
「なまえちゃんも応援行く?」
「はい、行こうかなって思ってます!」
「そっかー。俺も嶋田とか声かけて行くつもりでいるけどな!」
店次第だわなぁと笑う滝ノ上さんに、今日も長居していないで帰れと言ってしまいたい。でも、なまえの背のさらに奥。ガラス張りの部屋から覗く手を見て、それは思い留まった。
「俺、おじさんに挨拶してこようかな」
「厨房は……母なら奥に」
「そっか!失礼しまーす!」
慣れた動作で奥の部屋に吸い込まれていく彼を見て、かなり前から親しくしていることを理解した。残されたのは僕と、視線を合わせて肩を揺らすなまえだけ。
「ねぇ、」
「……ごめんなさい!」
「まだ何も言ってないんだけど」
「滝ノ上さんが高校の頃もバレー部だったなんて知らなくて……でも、何も言ってないよ?」
この様子だと、烏野OBであることは知っていたみたいだ。僕の視線ですっかり竦み上がっているなまえを見ると、咎める気もないけど。
からかう位は、いいかもね。
「幼馴染、みたいな?」
「うーん……私が小さい頃から良くしてくれるよ。でも、年が離れているから」
この場合幼馴染って言うのかな?そう言って首を傾けたなまえに、からかう余裕も消し飛ばされたのは僕の方だ。
家族ぐるみのお付き合いってヤツですか。そうですか。別にどうこう出来るものでもないし、何も言う権利なんかないのは分かっているけど。
「何か、ムカつく」
「……え?」
「まさか一緒に試合観に来るとか言わないよね?」
にっこりと綺麗に笑ってやる。その時奥のドアが再び開いて、笑い声が一緒に運ばれてきた。
「あ、いらっしゃいませー!」
「じゃ、俺は帰ります!」
「また来てね!祐くん!」
僕をお客(実際客だけど)だと思ったおばさんは、挨拶をした後すぐに引っ込んでいく。その手に書類の束とボールペンが握られていて、何かの作業中だったみたいだ。
それにしても、なまえそっくり。
「美人だろー!」
「はぁ……」
「なまえちゃんも将来ああなるもんな!」
「な、なれますかね?」
「なるなる!な、メガネくん?」
しらっとした目を向けて、無言を押し通してやった。セクハラですよ、位言っても良かったかも。悪気なく笑う顔が腹立たしい。
「滝ノ上さん、本当にそろそろ帰らないと駄目じゃないですか?」
「お、そうだな!また来る……ってそうだ。なまえちゃん、試合一緒に行くか?何時になるか分からないけど、車出すからさ」
「いえ!私、一人で大丈夫です!」
ちらっとこっちを伺いながらも、なまえははっきりと断りを入れた。僕はどんな表情をしたんだろう。こっちを見た途端、拳を胸の前で握るなまえ。
滝ノ上さんがニヤニヤと見て来るし全然隠しきれていない。可愛いからまぁ、いいけどね。
そんな風に思う僕は、全くどうかしていると思う。
***続***
20140218