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スパイス


 纏わり付く空気が重く感じて、蛍は無意識に溜息を吐き出していた。遠くに見えるなまえと山口は楽しそうに会話している様に見える。
 それが気に食わないのも一つ、しかし問題はそれだけではない。

「もう充分でしょ。戻るから」
「待ってよ、月島くん!」
「……早くしてくんない」
「月島くんって冷たいんだー、意外ー!」

 勝手な事を言われて、先に歩き出していた足を止める。一方的に性格を決め付けられてがっかりされるのにはもう慣れた。
 説明も弁明もする必要に駆られない相手だと分かってはいるが、クラスで変な印象を付けられるのは後々面倒臭い。
 固まりきった筋肉を引き上げ、笑顔を貼り付けて振り返る。

「そんなこと……」
「なまえって、呼んでたね!」
「……」
「仲良いんだぁ!これも意外ー!」

 クスクスと卑下する様な笑い声、歪む眉毛。相手がなまえを馬鹿にしていることは、簡単に知れた。女の学校におけるカースト基準は男には理解が及ばないと蛍は思う。
 こんな奴でも友達が多いとデカイ顔してのさばれるのか、とまでは流石に言わないが。

「関係ないでしょ」
「っ!つ、月島くんが、みょうじさんを好きかもって皆に言っちゃうから」
「勝手にすれば?」

 相手の顔が蒼白になっていくのが見えたけれど、後はもうどうでも良かった。自分も良い性格をしているとは全く思わないが、こういうのはあまり聞きたくない。
 遠くに見える笑顔のなまえを目指して、大股で足を踏み降ろした。



「準備出来たよー!あとはカレーに何を加えるかなんだけど……」

 教師が設けた本来の趣旨に沿って、なまえはこのカレー作りを楽しむ気満々のようだ。それを馬鹿らしいと思いつつ、協力してやってもいいとも思うから。
 自分はもっと馬鹿馬鹿しい。

「味見したい!」
「いいよ、山口くん。ハイ」
「……ねぇ」
「うん、蛍くん待ってね。えっと……」
「私いらない、勝手にして」

 あからさまに不機嫌な相手を気遣って、なまえは右往左往している。それが余計に神経を逆撫でするのだと分からないのは、無理もないけれど。

「ほっとけば?」
「でも……」
「それよりちょっと辛いんだけど」
「え、本当?林檎とか蜂蜜入れようか?」

 様々なスパイスや調味料の置かれたテーブルに、誘導する形で導いていく。最初の頃みたいに付き纏われないよう先手を打ちたかったのだ。
 それになまえと二人で話して、弁明をさせて欲しいと蛍は思った。

「林檎と蜂蜜……はコレかな?ヨーグルトは、コレ!あ、ソースとかも入れる?あとコーヒーと香辛料だね!ローレルと、ガラムマサラ、クミンシード……」

 品名が書かれていないので、自分には何がどれかは正確には分からない。なまえは色と形状で予想して匂いを嗅ぎながら、両手いっぱいに品を抱え込んでいる。

「そんなに入れるの?」
「ヨーグルトは酸味があるから辛さを中和してくれるよ?ソースやコーヒーはコクと香り付けにいいよ」

 相変わらず、料理のこととなると饒舌になる。生き生きとしたその様を眺めているままも良いけれど、言っておかなくては。
 スパイスを近づけて匂いを確認しているなまえは、何も気にしていない様に見えるのが。少し不服ではあるけれど。

「ねぇ、さっきの子だけど……」
「あー!月島だ!」
「……ちっ」
「何だてめぇ!いきなり人見て舌打ちするんじゃねーよ!」

 大きな怒鳴り声に、隣にいたなまえがびくっと震えた。影山はとことん空気の読めない男だと蛍は思う。日向でさえ、怯えた様な彼女を見て口を噤んだと言うのに。

「五月蝿いんだけど。クラスの友達、いないの?」
「ち、ちげーし。お前等に連絡……」
「王様にはこの話題、禁止だったぁ?」
「月島、やめろよー!」

 食って掛かってくる日向に、うんざりだと顔で示す。デカイ図体して立ち尽くす影山も、まとめて去ってくれたらいいのに。

「あ……!部活の友達?」
「全然。さっさと戻ろう?」
「待てコラ、月島ボゲェ!帰ったら体育館集合!伝えたからな、山口にも言っとけよ!」

 そういう連絡こそメールで済ませて欲しい。後ろを振り返って溜息一つで返事をすると、日向は手を振っていて、影山は睨みをきかせていた。
 はっと薄ら笑いを浮かべて、なまえを促しながら戻っていく。下の方で聞こえる小さな笑い声に、何だと顔を前へと戻した。

「なに?」
「バレー部の、残りの一年生?」
「あー、うん」
「仲良しなんだね!楽しそう」

 あの会話のどこに仲の良さを見出したのか、なまえの感性は理解しきれない。それでも嬉しそうにする顔を歪めるなんてしたくないと思うのだから。
 自分は本当にどうかしていると、逐一自覚を促される。

「なまえといる方が、楽しいけどね」
「……え」
「これって僕だけ?」
「そんなこと、ないけど……」

 恥ずかしそうに俯いた顔に嫌悪が滲んでいないのを見て、口の端が勝手に上がっていく。邪魔されたことは不快だったが、こんな効果もあるならあの二人と関わるのも悪くないと、蛍は柄にもなく笑いを零した。



***続***

20140207

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