店にバイトさんが入ってくれる休日の午後、月島くんからの呼び出しでケーキ屋さんに誘われた。数量限定の拘りショートケーキが食べられるらしい。
しかも、イートインのみ。月島くんが私を誘ってくれた理由は何となく予想出来ていたけど、店内に入ってそれは確信へと変わった。
「ここのケーキはスポンジの柔らかさがなかなかだよ」
「そうなんだ」
「まぁ、買ってきてもらったやつしか食べたことないけど」
饒舌に語る月島くんにいつも通りだ、良かったと安心しつつ、店内を見回して顔がゆるむ。メルヘンチックな内装に、色素の薄い髪をした月島くんは目立つ。
王子様みたいなんて言ったら、流石に怒られちゃうかなぁ。
運ばれてきたケーキも、可愛らしくお皿に盛られていた。私が頼んだアールグレイと、月島くんが頼んだエスプレッソも湯気で香りを主張してくる。
それと共に胃袋に隙間が出来るのは、無理からぬことだと思う。いただきます!
「ホントだ!しっとりと柔らかい。甘さも優しいししゅわしゅわ!」
「意味わかんない」
「口の中で溶けちゃう!」
「そう。なまえはケーキのことになると性格が変わるね」
「……え!?」
急に名前で呼ばれて驚いた。眼鏡越しに見た目は笑っていて、フォークに刺さったケーキを口へ運ぶ月島くん。
いつも通りでスマート。だから、気にし過ぎている自分がおかしいのかもしれない。
「いつもそれ位でもいいんじゃない?」
「そ、そうかな?でも、私も……」
「何?」
「……け、蛍くんもケーキ食べてる時の方がご機嫌に見える、よ?」
相手の反応が怖くて、顔がなかなか上げられない。勝手に名前で呼んでしまった。本当はずっと呼んでみたかった。
涼しげな、月島くんにぴったりの名前。
恐々顔を持ち上げて、伺うように見上げた先。月島くんはフォークを傾けたまま、こちらを向いて珍しく目を見開いていた。
「あ……月島く、」
「……」
「……?蛍くん?」
「何、なまえ」
今度は目を合わせてくれなかったけど、きっとこれでいいんだと思えた。嬉しい。心の奥がぐっと温かくなる感じ。
月島くん……じゃなかった、蛍くんも怒っていない様に見えるから、本当に安心した。
「良かったぁ、もう嫌われてるかと思ってた」
「は?何でそうなるの?」
ぼろっと出てしまった本音に、蛍くんの顔が一瞬で変わった。まずかったかな?でも、ここまで来たら引き返せないよ。
「え、あ、だって。試合……」
「はぁ。別にいいよ」
蛍くんはふいっと横を向いて、ティーカップを持ち上げた。その顔はいつもの涼しい顔に戻っていたけど、私はもう一度確認せずにはいられなくなる。
「いいの?応援に行っても」
「好きにすれば?つまんないだろうけどね」
蛍くんはそう言うけど、そんなことないと思う。間近で見るバレーボールはとても迫力があるだろうなぁ。すごく楽しみ!
「楽しみにしてるね!」
「変なの」
「そんなことないよ!」
「へぇ?こうやって出かけるより試合見てる方が楽しいなんて、変だと思うケド?」
フォークを持て余した蛍くんが、反対の手で頬杖をつきながら投げ出した言葉。それを改めて考えると、言わなきゃいけない言葉を忘れていたことに気が付いた。
「今日はお誘いいただき……」
「そういうのいいから」
「え、あ、ごめん。でも!楽しいよ。嬉しかった、よ?」
蛍くんから誘ってくれて、嬉しかった。勿論、偵察って理由があることは分かっていたし、蛍くんにとっては男性だけで入りづらいって理由もあったんだろうけど。
私をお供に選んでくれて良かったな、なんて。
「馬鹿じゃないの?」
「え?」
「そんな嬉しそうにされたら、僕が本当に意地悪みたいでしょ」
大きな手が伸びてきて、その手が睫毛の左横を柔らかく掠めて髪に触れた。あまりのことに緊張して動けずにいると、蛍くんのいつもの、ぷっと笑った声が漏れてきて。
「こっちだけ撥ねてるの、気になるんだけど」
「嘘!わ、わぁ……お恥ずかしい……」
「別に。いつもと違うのも可愛いけどね」
そう言いながらついにアハハと笑い出した蛍くんは、いつもの様にちょっと意地悪。みたいじゃなくて本当に意地悪。
今日は珍しくいつもはやらない髪型に挑戦したから、前髪横の毛がちょっとまとまらなくて。ゆるくスプレーをかけてきたのに、元に戻っちゃったのかな?
それにしても恥ずかしい。せっかく蛍くんとデー……。
「わぁ!違う!」
「ちょっと、声大きい」
「ごめん……」
「ハイ。ましになったと思うよ?」
「ありがとう」
離れていく手が名残惜しい気がして。私ってば意識し過ぎて、変なの。蛍くんはいつも通り、飄々としているのになぁ。
そう思って頭の中から追い出そうとしたけど、デートの文字はなかなか撃退出来なくて。私は変に力み過ぎて、その後3回は蛍くんに呆れられた。
***続***
20140113