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本心をpasser


 僕は最近、非常に困っていることがある。それは単純で、だからこそ厄介で。なかなか制御出来ないのに、ちっとも辞める気になれないから困っている。

 例えば、お気に入りのケーキ屋に通う頻度が増したこと。例えば、斜め後ろの席に意識を持っていかれ過ぎてしまうこと。
 例えば、みょうじさんが笑うのを見るのが、嫌いではないと言うこと。

(くだらない。休日にまで、こんなこと)

 なんて思っていたのは最初の方だけで、その間にも目まぐるしく思考は回転を早める。最初は苦手だ、面倒臭いと思っていたのに、どうしてここまでになったのか。

 彼女は特に挙げるべき顕著な特徴を有しているとは思えない。女の子にしては口数が少なく、大人しく、小さくて、可愛いと言えなくもないけど。
 僕にとって大きかったのは、みょうじさんチのケーキの方だった筈だ。ただ、折に触れて知ったことは、そこの娘である彼女の作るお菓子も美味しいということ。
 そしてみょうじさんは、どっかのバレー馬鹿みたいに真剣にケーキが好きみたいだった。自分の父を尊敬しているところも、口に出しては言わないけど悪くないと思う。

 休みの日に一緒に出かけようと言い出したのは単なる気まぐれ。一人じゃ行き辛いのは目に見えていたし、山口なんか誘ったら後でうるさそうだし。
 でも頭の片隅では、相手はみょうじさんしかないと漠然と思っていた。そして、図書館で言われた事も大きかった気がする。

 ふんわりと笑う彼女が、僕がバレーを好きなことがすごく嬉しいと言わんばかりに頷いた時、ムカつくなんて言ったけど本当は違って。
 自分のことのように喜んでくれているのを、僕は単純に嬉しく思った。これだからみょうじさんは厄介だ。ちっとも思い通りにいかないことが嫌じゃないなんて、全くどうかしているよ。



「いらっしゃいませ!」
「どうも」

 休みは多くはないのに、相変わらず此処に通ってしまう。一度だけ、カウンターに彼女がいなかったことがある。
 その時は店を素通りした理由が、今なら簡単に分かる。

「お勧めは新作のケーキです!甘夏のチーズケーキとさくらんボール……」
「……ぶ!さくらんボール……」

 僕が我慢出来なくて笑えば、みょうじさんは恥ずかしそうに口をむずむずとさせている。多分おじさんが考えたんだな。
 それ位は分かる。

「名前はアレだけど、すっごく可愛くて美味しいよ!見て!」
「うん。じゃあコレと、甘夏のチーズケーキと、ショートケーキ」

 指差したら、すごく嬉しそうにハイと返事をした。こういう所はホント、分かり易い。

「結局甘夏にしたんだ」
「うん!チーズケーキに合わせたら美味しいんじゃないかって。お父さんと合作なの」

 小さいメモに書いていた案の数々が、こうやって商品として形になったんだろう。それを知っているから、みょうじさんの感慨深さも少しは共有出来る。

「楽しみにしとく」
「……ありがとう。リピートしてもらえるように、頑張る!」

 宣言したくせに、自信無さそうに笑った顔はよく教室で見かける顔で。たまにすごく腹立つ。なら気にしなきゃいいのにと、頭の片隅では思うのに。
 無視出来ないなんてね。

「もう少し自信持ったら?ここのケーキは美味しいよ」
「あ、うん」
「それに作るのはおじさんでしょ」
「そ!うだよね……あはは」

 段々とイラついてくるのは、もう知ってしまったからだ。彼女がどんなにお菓子作りに真剣に取り組んでいるか。
 根拠のない自信を持てとは言わないけれど、少し位あっていい。

「あのさ、」
「……呆れないで。月島くんにはすごく感謝してるの!」
「はぁ?」
「色々、協力してくれたでしょ?」

 その色々に全く覚えが無い。首を傾けている間に、ベラベラと喋り続けるみょうじさんは珍しく饒舌だ。

「自分がまだまだ未熟なのは分かってるの。でも、頑張るよ」
「へぇ?」
「自分でクッキー台の配合まで考えて、採用されたのって初めて。月島くんがヒントくれたから」
「そんなつもりはなかったけど」

 彼女が言うには、僕がたまに放課後に味見していた焼き菓子の配合を少しずつ変えていたらしい。そこまで細かいところには気付かなかった。
 どれも美味しいと思っていたし。

「うん、でも。月島くんは正直に言ってくれるでしょ?」
「まぁ。マズイものを美味しいとは言わないね」
「だろうと思った!」

 確かに、女友達じゃ美味しいとしか言わないかもしれない。クラスでヘッドフォン越しに話を聞いているだけだから、確証はないけど。
 嬉しそうに笑うみょうじさんは、可愛いと思う。絶対言ったりしないけど。

「そんなに言うなら、今度別の所に付き合ってよね」
「あ、ケーキ屋さん?」
「君にもメリットあると思うよ」
「うん、ありがとう!」

 一方的な押し付け紛いのくせに、みょうじさんが頷くのを黙ってみていた。ケーキの箱を受け取って、ありがとうございましたという決まり文句を聞く。
 別のお客さんが入って来た。僕はその箱を一瞬漂わせて、まるで重いものを持つかのようにゆっくりと降ろす。
 我ながら女々しい。今日こそ連絡先くらい聞こうと思っていたって言ったら、みょうじさんはいつもみたいに柔らかく笑ってくれたんだろうか?
 ……なんてね。



***続***

20131201

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