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声の届く距離


 お昼休みに図書館に向かった。今日返却期日の本を借りたまま、すっかり忘れてしまっていたから。
 今日も放課後は店に立つ予定だから、この時間に返しておきたくて。

 返却が滞りなく終わって、ふらっと図書館の中に足を進めたのは単なる気まぐれ。まだお気に入りの作家の新刊は貸し出しが始まっていないし、借りる予定はなかったんだけど。

(……やっぱり借りようかな)

 好きな作家のタイトルが並んでいるのを見ると、つい借りて読みたくなる。こないだも夜更かしをして、遅刻しそうになったのに。
 私の集中力、もっと他のことに使えたらいいのになぁ。

「んー!駄目だ、脚立……」
「ハイ、これ?」
「……え?」

 私の手を追い抜いて、取ろうとしていた本に触れた大きな手。後ろを振り返ると、思ったよりずっと近くに月島くんがいて、緊張で動けなくなる。

「コレでいい?」
「わ、ぁ、うん!ありがとう」
「ちょっと。声、小さくして」
「……ご、めん」

 背伸びをしていた所為か、耳元近くで聞こえる月島くんの声が鼓膜を満たす。低い声は深く響くって本当なんだ。
 いつまでも残ってなかなか消えない。

「月島くん、どうして……」
「ここで本読んでたら見えたから。必死に背伸びしても届かなさそうだったし」

 ニヤリと笑われるから、怒ったふりして誤魔化しながら距離を取る。あれ、どうしてこんなに緊張したままなんだろう?

 月島くんが座っていた机に戻っていったので、取ってもらった本を抱えたまま正面に座ってみた。何か言われるかと思ったけれど、何もなく。
 そのことにすごくホッとして、私はまじまじと月島くんを観察した。



 私の中の月島くんの印象は、最初の苦手からは確実に変わってきている。
 相変わらず意地悪な所はあるけど、ケーキ作りが好きな事を真っ直ぐ理解してくれるし、認めてくれるのは嬉しい。
 そう言えば。私の好きなものの話はするけど、月島くんのことをあんまり知らないかもしれない。これって、すごく失礼なことだったかな?

「何?聞きたいことあるなら言えば?」
「あ、えーっと……月島くんはバレー部だよね?ポジション何?」

 これってものすごく今更な質問だ。月島くんも同じ思いらしく、不審がるのを隠しもしなかった。

「どういう風の吹き回し?」
「うん。聞いてなかったなぁと思って」
「……言って分かるの?」
「うーん。少なくともリベロではなさそう、位は予想してるよ」

 リベロは背の高い人のポジションではないかなーと。テレビで見ただけの知識だから、違ったら恥ずかしいんだけど。
 でも月島くんが変な笑い方をしなかったので、リベロでないことは当たりみたいだ。

「正解。どこだと思う?」
「うーん。ミドルブロッカー、かな?」
「……へぇ」
「あ、当たった?やっぱりそうなんだ」
「ウチにはおチビのミドルブロッカーがいるけどね」

 私の回答を先回りするように、教えてくれたのは意外な事実。バレーって位置がぐるぐるしているのを見るから、背が高い人がブロックするって訳じゃないんだね。

「部活、楽しい?」
「楽しそうに見えるの?」
「うーん。バレー部は大変そう。こないだ合宿もやってたし」

 そう言うと、会話中にも何回かページを捲っていた月島くんの手が止まった。見下ろしてくる顔からは、何を考えているかまでは汲み取れない。

「まぁね、しんどいよ。熱血馬鹿が多いし」
「前にも似たようなこと言ってたね」

 溜息をつきながらそう言う月島くんは眉間に皺を寄せている。それでも、何となく違いが分かってきた。この顔は、本気の嫌じゃないってこと。

「……何?」
「うん。でも、好きなんだよね?」
「……あんなきついこと。嫌いじゃ続けられない」

 これは月島くんなりの好きってことなんだろう。何故かそれが無性に嬉しくて、顔が勝手ににやけてくる。

「その顔ムカつくんだけど」
「いひゃい!」

 月島くんの大きな手が、躊躇いもなく私の頬をつねった。予想外の出来事に完全に油断していて、うまい返しが出来ない。

「間抜けな顔だね」
「……ひゃめて」
「自分こそ、そうだろ」

 開放された頬が空気に触れて冷たく感じるのは、月島くんの手が温かかったからだ。少しヒリヒリするそこに自分の手を当てたら、顔が熱くなっているのに気が付いた。

「ケーキ作るの好きでしょ」
「うん。うまくいかないことも多いけど、大好き」

 私がそう言えば、月島くんは頬杖付きながら溜息を零した。それでも笑った顔は、意地悪な顔でも嫌味な笑顔でもなくて。
 それが本当に嬉しくなって、私も頬を労わるように肘を付く。昼休みが終わるギリギリまでは、文句を言われてもこの顔を堪能していようと思った。



***続***

20131125

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