穏やかな午後


 迎えに行くと言ったはいいが、月島は少し遅れていた。部活中に騒がしい連中が悪ノリして、連帯責任だと主将に最後の最後で外周を走らされたせいだ。
 自然と足が早足になる。こんなにも人と待ち合わせて落ち着かないのは久しぶりだと、自分の必死さが少し滑稽に感じた。

「あ、月島くん!」
「ごめん、待たせた?」
「ううん。ゆっくりで良かったんだよ?」

 柔らかく笑いながら駆け寄ってきたみょうじが、ペットボトルの茶を差し向けてくる。まだ開けられてもいないそれを、キャップだけ開けて元の手へと戻した。

「……?」
「開けて欲しいんじゃないの?」
「え!?違うよ、良かったら飲んで。大丈夫、さっき買ったばっかりだから冷えてるし……」

 首を小さく傾けたみょうじだったが、月島が聞き返すと慌てて弁明を始める。その様子があまりに必死で懸命なものだから、思わず噴出してしまった。

「……ぶっ!別に温くてもいいよ。ありがとう」
「あ、うん!」

 あからさまに安堵するみょうじには、皮肉を込めた笑い方も通じない。ペースを乱された様な錯覚に陥るのに、嫌な気がしないから始末が悪い。

 水を飲むフリをしながら、頭のてっぺんからつま先まで観察する。いつもは黒いゴムでサイドに纏められている髪に、鮮やかなシュシュが咲いていた。
 淡い色の腰上でラインが切り替わるワンピースも、みょうじにとても良く似合っている。

「可愛いね、ソレ」
「……え?」
「ああ。服がね、服」
「わ、分かってるよ!服がね!」

 慌てて頭を振る仕草は賢明そのもの。勘違いなんかしませんと頑なに主張するのが、気に食わないと言えばそうだ。
 月島は、彼女の色彩センスはいいと思っている。あそこのケーキは奇抜ではないが目を惹き付けられる。そういうものに日頃から触れているみょうじの好みは、あそこが気に入って通う自分ともまた、似通っている。

「嘘うそ、ちゃんと可愛いよ」
「……っ!コレね!」
「あはは、シュシュも可愛いね」

 今度は照れたりしないぞと構えているくせに、真っ赤になって髪の毛を指差す。そういうものの逐一が、可愛いんだと言ったらどんな反応をするだろうか。
 自然と口の端が上がるのを抑えられずに、月島は先に歩き出した。



「うわ、うわぁ……すごい」
「それ、後で半分ちょうだい」

 最初に入ったのはショコラティエがやっているという駅前のケーキ屋。見かける度に混んでいて、女同士かカップルしか並んでいるのを見たことがない。
 月島にとっても、みょうじの偵察は旨味があった。

「うん!月島くんのも一口ください」
「は?半分あげるに決まってるデショ?」

 しっとりとしたほろ苦いチョコレートを頬張りながら、残りを半分に割った。ザクザクの食感が迫ってきて、その後にシュワっとした炭酸が顔を出す。

「コレ変わってる。ほら」
「……え?」
「はい、あーん?」

 分かり易く狼狽するみょうじに、月島は口が上がっていくのを抑えられない。午前中散々悪ノリした人間を馬鹿にしていたくせに。
 少しの間葛藤した彼女が、観念したのか口を小さく開ける。捩じ込む途中で口元ばかり見ているのに気付いて、すぐに視線をぼかした。

「……ん!本当だ!土台はカシューナッツと全粒粉。このチョコに入っているのは細かいラムネだね!」

 みょうじは興奮したようにメモを取る。自分が驚いたものの正体がラムネだと気付かされて、全体を改めて観察する。
 濃い苦味のあるケーキの上に、それより甘いチョコの球体。その中にラムネ。随分と変わっている。ただ、みょうじの店の雰囲気とは違い過ぎるし、価格帯も異なる。
 少し偵察の趣旨からはずれてしまったかもしれないと、月島は申し訳なく思った。

「ねぇ……」
「あ、月島くん!こっちもどうぞ。甘夏がこんなに綺麗で主役みたいに使われてるの、すごいよね!」

 みょうじの差し出した皿の上には、綺麗に半分残っていた。飴細工と特殊なシートの貼られたチョコレート細工。それらも全て、甘夏を引き立たせている。

「確かに、綺麗だね」
「うん!やっぱり私、甘夏で考えてみようかな。オレンジって綺麗な色だよね」

 羨望とも取れる眼差しを向けている少女に、悪態の一つでも付きたくなる。自分にはついぞ、そんな目を向けたことなどないくせに。

「いいんじゃない?採用されるかは別だけど」
「……う!やっぱりプロの人の発想はすごいもんね。月島くん、こんないい所教えてくれてありがとう!」

 目を見開いているのが、自分でも分かった。みょうじのこういう所に、自分は毒気を少しずつ中和されている気がする。
 照れたように笑った顔に、月島も口を上げて答えた。

「まだまだこれからデショ。早く食べて次行こ」

 次は生クリームが贅沢に使われている店らしいけれど。相手がお腹いっぱいで入らないと言ったら、文句を言いつつ2つ食べて詳細な感想を言ってやってもいい。
 自分本位なことを思いながら、月島はみょうじの幸せそうにケーキを頬張る姿を見つめていた。



***続***

20131119

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