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Pointeの約束


 なまえは店先に立ちながら、5月の新作ケーキについて考えを巡らせていた。4月のケーキもエクレアも好評だったため、次も二種類は作りたいと父と方針を固めたばかりだ。
 人のいない時間帯になると、頭はそのことで支配される。

「いらっしゃいませー!」
「オペラとショートケーキと壷プリン、それから4月のエクレア」
「……!ありがとうございます!」

 最近ぐっと来る頻度の上がった、同級生の月島が来店した。相変わらずショートケーキを注文し、エクレアもよく買っていってくれる。
 なまえはすっかり、月島は苺が好きなのだと当たりをつけていた。

「なに、ニヤニヤして。気持ち悪い」
「……すみません」
「別に本気じゃないんだけど」

 月島は気難しい。つい先日も怒っていた理由が皆目分からず、今はきつい冗談を言ったかと思ったら、急に申し訳なさそうにする。
 申し訳なさそうというのは、自分の勝手な憶測だけれど。

「ねぇ。何か考えてたデショ?」
「え!」
「変な顔して唸ってた。店の外から見ても不気味だったよ」

 不気味と言われて、落ち込む時期はもう過ぎた。接客業だから気をつけろという月島なりのアドバイスなのかもしれない。
 流石のなまえも、そう思っている方が話をスムーズに進められることを学習していた。それにこういう時、月島は答えを聞きだすまで引き下がったりしない。

「実は5月のケーキを何にするか、案を悩んでて。何がいいかなーと」
「へぇ。みょうじさんも考えるんだ」
「採用されるか分からないけど、提案したいと思って」

 5月は悩みどころだ。春先から4月はイチゴで決まり、初夏は果物が沢山旬だからメニューが決まりやすく、その隙間。
 ゼリーやババロアは夏メニューにとっておきたいし、タルト生地やパイ生地は他の店でも多い。

「甘夏か、さくらんぼか、キウイか……その辺かなぁ?」
「メインにするには地味だね」
「……うーん。やっぱり?」

 甘夏なんかはそれだけを使ったケーキもある。けれど、フルーツタルトの一つの具材として使われている方が圧倒的に多い。
 どれも酸味があるから、ケーキとは相性がいいのだが。

「偵察に行けばいいんじゃない?」
「てい、さつ?」
「まぁ、堂々とアイデア貰えとは言わないけどさ。ヒントくらい貰えるでしょ」

 肩をすくませて首を傾ける月島は、笑い方に含みを持っていた。その笑顔に少々の不安を抱えながら、なまえは思索する。
 確かに彼の言うことも一理ある。色合いやフェアなど、被らない方がいいかもしれない。それに、自分自身が他のお店の味も研究したいというか、食べたい。

「う、確かに……今の流行とか雑誌で見るばっかりじゃ駄目かも。お父さんも沢山食べろって言ってるし」
「そう」

 その時、お店に別の客が来店した。月島はケーキの箱を抱えて後ろに下がる。てっきり帰ってしまうかと思ったが、店内の焼き菓子を眺めていた。



「……ありがとうございましたー!」

 常連といっても遜色ない婦人は、ケーキの予約をして帰っていく。小さい子のために、砂糖少なめのものをオーダーしてくれた。

「驚いた、結構細かいところまで聞いてくれるんだね」
「うん!オーダーメイドのホールケーキならね。アレルギーとかもあるから……」

 そう言ってショーケースに目を滑らせる。カットケーキの商品でも一つ、卵と小麦不使用のケーキを置いてある。

「成程。企業努力?」
「小さな店だから、地域密着型なの!」

 少し自慢げに声が弾んだ。鼻で笑われることも覚悟したがそうはならなくて。少し見上げた先の月島の口元が、緩く弧を描く。

「……っ!」
「で、いつにする?」
「……え?何が?」
「君って記憶力が乏しいの?」

 服の裾を手で掴みながら見ていた表情が、一瞬のち霧散した。それを名残惜しく思う位には、彼の心からの笑顔は貴重だと思う。
 しかし、惜しんでばかりもいられなかった。月島の言葉の意味を呑み込んで理解することに、頭を使い始める。

「いつって言うのは……偵察のこと?」
「で、いつ?」
「えーっと……次の土曜日にでも行ってみよう、かな?」

 次の土曜日は大学生がバイトに来てくれている日だ。休日ならゆっくり回れるし、多少食べ過ぎても夕食に響くこともないだろう。

「あ、午前は部活あるから午後からにして。待ち合わせ場所はここでいい?迎えに来てあげる」
「え?え……?」

 用件と予定のみを告げられているのに返事が追いつかない。何を見るでもなく予定を諳んじた月島が、なまえの反応を見て溜息をついた。

「気になってるとこ、教えてあげるって言ってるんだけど」
「あ、ありがとう!」

 ケーキの好きな月島なら、他の美味しい店にも詳しいのは当然だろう。紹介してくれる気なのだと理解して、嬉しくて頭を何度も下げた。
 何も予定のなかった休日に、色付きの丸がつくのは嬉しい。なまえは逸る心臓を、喜びによるものだと解釈した。



***続***

20131111

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