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coward


 夕の部活が午前中だけだった土曜日。暇だと夕が教えてくれたから、隣の家までやってきた。私の家と夕の家は隣同士で、絵に描いた様な幼馴染。
 おばさんは私を迎え入れてくれた後、そそくさと出かけていった。友達とお茶しに行くんだって。

「夕!入るよ?」
「おー、お!ガリガリ君!」
「食べる?」
「食う!なまえ、サンキュな!」

 嬉しそうに肩をバシバシ叩いてくる顔が、可愛くって仕方ない。ちょっと力加減がなってなくて痛いけど、そこは言わないであげる。

 影山くんには付き合っている訳ないと言ったくせに、それを認めるだけで泣きそうになってしまった。
 この笑顔から逃げて、赤の他人に戻れたら。その方がずっと楽なのかもしれないけど、胸を締め付けられるのに今日も夕の近くにいる。

「部活、どう?」
「おお!今年は鳥野、強くなるぜ!今年の一年、本当にすごくてさー……」

 旭さんのことも心配だったけど、夕が部活に戻ってくれて良かった。バレーに関わっている夕は生き生きとしていて、いつも以上に眩しい。
 何時の間にか今日の基礎練の内容に話題が移っていたけど、私はただ頷いて聞いていた。

「でさ、今日もモップ掛けで龍がふざけてさ!それを窘める潔子さんが今日も麗しくて……」

 夕の潔子さん病は、それは重症なものだ。脈絡なく潔子さんを絡めてくるから私は気が抜けない。いや、潔子さんは本当に美人だけど。
 男の子としての夕の好意を、無条件で浴びられる潔子さんが羨ましい。

「うん、潔子さんは美人だもんね!」
「当たり前だろ!お前、何当然のこと言ってんだ?」

 私って、嫌なやつ。夕に嫌われるのが怖くて、言いたくないことも笑って言えちゃう。いつからこんなに夕に対して嘘ばっかりつく様になったのかな。
 本当は、私のことも女の子としてみてよって言いたい。そんなこと言ったところで、笑い飛ばされるに決まっているけど。



 夕は潔子さんを褒め倒して、烏野の女子レベルの高さを語ってから、満足したのか漫画を読み始めた。私は頃合いを見て、夕に声をかける。

「夕、いつまで漫画読んでるの?」
「んー、コレ終わるまで」
「さっき言ったじゃん」
「ちょい待って!この巻終わるまで!」

 せっかく宿題を一緒にやろうと思って持ってきたのに。というか、まぁ。いつものことだけど私が解いて夕が写すみたいなことになる。
 甘やかし過ぎたかなぁ。小テストの点も酷いし……ちょっと心配。

「もー、留年しちゃうよ!」
「それはない!俺にはなまえがいるし!」

 そう言いながら、夕は胸を張る。ずるいよ。結局夕が困った時、頼る人間は私なのに。絶対彼女にはなれないの。
 
「私のフォローにも限界があるんだからね?」
「頼りにしてんぜー!」

 でも一番ずるくて卑怯なのは、きっと私だ。このぬくもりを失くすのが嫌で、ずっと勇気がないフリをしている。
 本当は、夕は年上が好きなんじゃないかとか、綺麗系のお姉さんが好きなんじゃないかとか。好みもよく知っているのに。

 影山くんはただ、気になって聞いただけかもしれない。でも、吃驚した。
 私たちは恋人同士に見間違えられる程近い距離にいるのに、その想いの先は繋がらない。

「夕」
「んー、何だ?」
「……何でもない!」
「はぁ、どうした?」

 頭を撫でてくれる手の温かさに、涙を堪えなきゃならない程。私が諦めの悪い根性ナシ女だってこと、貴方は知らないんでしょう?

「あ、おばさん遅くなるって。晩御飯作って行こうか?」
「マジかぁぁ!じゃ、俺、オムライス!」
「いいよ。中はケチャップ?バター?」
「ケチャップライス!なぁ、なまえ……」

 準備をしようと思って、ドアノブにかけた手が止まった。名前を呼んでくれた夕の声が寂しげに揺れているような錯覚を起こす。

「お前さ、影山ってどう……」
「影山くん?」
「あー……おう」
「天才セッター、じゃないの?」
「いや、それ、あー……何でもねぇ」

 歯切れの悪い夕が、目を逸らすなんて珍しい。私達の間に流れる空気を掻き消すように、変に大きな声が出た。

「変な夕!手伝って欲しい時呼ぶから、助けてよね?」

 それだけ言ってドアノブを回す。わざと音を立てて階段を駆け降りたから。

「変なのはお前だろ……」

 夕が一人になった部屋で呟いた言葉を聞き取れなかった。



***続***

20131028


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