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君の背中(彼女)


 自主練中のこの時間、前は影山くんと二人だったけど今は違う。日向くんと仲直り出来たらしく、二人で合わせることが多くなった。
 良かったねって言ったら「喧嘩してない」って反論が返ってくるけど、口を尖らせてもどこか嬉しそうな影山くんの横顔に、私も嬉しくなる。
 球出ししていた頃の二人きりの時間も貴重だったけど、ひたむきに練習している姿は変わらないから。なんて、余裕ぶって言えるのも、想いを伝え合った所為かな。

「なまえさん、すみません」
「ううん。お疲れ様」

 部室棟のすぐ下で待っていたら、少し急いでくれた影山くんと合流する。すると上から夕が上半身制服で下はジャージというちぐはぐな格好で飛び出してきた。
 派手な音を立てて手すりに捕まって身を乗り出してくる夕に、影山くんがぎょっとした顔をして眉間に皺を寄せた。

「オイ、言っとくけど俺が帰ってくる時間より……っ!」
「はいはい、西谷着替えような?影山、なまえちゃん、お疲れー!」
「「お、お疲れ様です」」

 夕を後ろから羽交い絞めにして引き摺っていくのはスガさんで、部室の中からは縁下くんの「お前いい加減にしろよ」という声が聞こえた。
 私たちは顔を見合わせて口から息を零し合う。影山くんが先に歩き出して、後ろへ手を「ん」って伸ばすのでその大きな手に自分の手を絡めた。

 夕には一番に報告したけれど、分かっているという割には行動がちぐはぐで。しばらくは全然落ち着かない日々が続きそう。
 それでも私だって、もし夕に彼女が出来たらと思うと動揺すること間違いなしだし、好きだったとかは関係なく寂しく感じたりすると思う。
 そういう気持ちも含めて余すところなく影山くんに伝えてみたら、「そんなもんスか」と一応頷いてはくれた。それでもやっぱり、申し訳ない気持ちはある。

「ごめんね、夕が変で……」
「いや、それはいいんですけど」
「別に本気で言ってる訳じゃないと思うんだけど」
「なまえさん」

 もごもごと言い訳を繰り返していたら、影山くんの足が止まって。繋がっていた手が離れそうで、きゅっと指先に力をこめた。
 向き合う形になって見上げると、さっきより怒っているかのような顔を向けてくる影山くんに、原因は夕ではなく私かもしれないとやっと気づく。

「は、はい」
「幼馴染やめろなんて言いません。俺の知らない間、二人にあった感情とか出来事を責めるつもりもないです。でも」

 真っ直ぐに見返してくる目に、心臓は確実に煩くなる。薄っすらと赤くなっている頬も、皺が刻まれた尖った口も。全部好き。

「今、俺の前で夕が、夕がって言うのはやめてくれって、思う」
「ごめ、ごめん……」
「俺ばっかり、なまえさんのこと考えてるのに」
「う、嘘だぁ!バレーのこと、とか。考えてるでしょ?」

 照れ隠しに言った言葉が、影山くんを怒らせたことは明白だった。影山くんはぐっと背中を曲げて顔を近づけてきて、私を睨んだまま。
 息がかかりそうな程の距離に、耐え切れなくて少しずつ顔を逸らす。それでも無言のままやめてくれる気配がなくて、繋いでいた手を離してその手を顔の前に持ってきた。

「なまえさん?」
「すみません……でした」
「顔真っ赤」
「それは、影山くんが!」
「可愛い」
「……かっ!?」

 耳に届く吐息と一緒に、告げられた言葉は本当に熱を持っているみたいで。顔の手前に持ってきていた手を再び握られる。
 そのまま手を引かれてよろめいたら、影山くんの胸の中にすっぽりと納まっていた。どくどくと目まぐるしい心音は、私のものか彼のものか分からない。
 苦しい位に抱きしめられて、少し怖いけど嬉しさの方が何倍も勝っていた。じんわりと広がっていく温かさに笑っていたら、急に肩を持たれて。
 真剣な顔をした影山くんに、改めて格好良いなぁと思ってしまうんだ。

「なまえさん」
「ん?」
「キスしていいですか?」
「き、聞かないで」
「じゃあします」
「宣言しない……っ!」

 続きの声は吸い込まれて、影山くんの口の中に消えていく。喋っていたままを塞がれたから、薄く開いたままのそこからぬるっとしたものが流れ込んできた。
 吃驚して逃げようとしたけど、いつの間にか後頭部を支えられていて逃げ場がない。その正体が影山くんの舌だと認識すると、どうしたって恥ずかしくなった。

「……ん、ふぁ、っ」

 少しの抵抗を篭めて影山くんの胸板を押す。それでも弱まるどころか深くなっていく行為に、あまり上手く考えることが出来なくなった。

「……なまえさん?」
「ご、ごめん。吃驚して」
「歩けますか?」
「あ、歩けます!すみません!」

 足ががくがくして、ずるりと下がってしまった私を支えたのも影山くんで。こんなにしたのは影山くんのくせに、当の本人は不服そうに首を傾げてくる。
 頬を手で押さえながら再び歩き出す。緩みそうになる頬を隠すように、ゆるゆると揉んでいると「いつまでそうしてんスか」と怒られてしまった。

「影山くん、いきなりあんな……」
「聞くな、宣誓するなって言ったじゃないですか」
「それはそう、だけど!」
「俺はこれでも我慢してます」

 今度こそ隠す気もなく怒気を孕んだ声で告げてくる。私が歩くのをやめてしまったから、今度は影山くんが少し先で立ち止まった。
 それでも少しだけ振り返った顔は、すごく怒っているという訳じゃない。そのことにほっとして息を零し、高い背中を見つめた。
 影山くんはきっと、私を追いかけて捕まえてくれたんだと思う。私が夕を好きだった頃から好きだと教えてくれたから、じっくりでいいですと言ってくれたけど。
 私が影山くんを好きだと気付いてからどんどん貪欲になっていったように、影山くんにだって建前と本音に相違があるのは当たり前だ。
 そして何より。それが、私を好きだからってことから作用するのだとしたら。やっぱり嬉しいと思うから。短い距離を駆け出して、その背中にぶつかっていった。

「うおっ!なまえさん?」
「痛……影山くん硬い」
「何スかいきなり……大丈夫ですか?」
「あのね、私、影山くんが好き」
「俺もなまえさんがすげぇ好き、っス」
「ちゃんと慣れるから。キスも……上手になるから。呆れないで欲しい」
「……っ!あの、もうちょっと」

 顔が見えないからこそ言えた言葉。影山くんの反応が怖くて顔を背中に埋めていると、右手に影山くんの手が重なる。
 繊細でよく手入れされた、セッターの手。その手が私の指をゆっくりと撫で、包み込まれていくのは心地良かった。

「もうちょっとこのままで、いいですか?今顔見たら、色々やばいんで」
「は、はい!」
「なまえさん、背中で喋ったらくすぐったい」

 そんなこと言われても顔を上げるのは恥ずかしいから、必死で背中にしがみ付く。影山くんは諦めてくれたのか、しばらくそうしていた。
 もうすぐ春高予選の試合が始まるから、その間は私のことなんて失念してしまう位彼は集中しているだろう。だから、もう少しだけ。
 温かい影山くんの背中に身を預けて、優しさに甘えていられることに感謝した。



***end***
20160901

→あとがき


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