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隣の隣


 あれからなまえさんと個人的に話す機会もなく、今も目の前を歩いているのに何も言えないでいる。本人は何とも思っていないのか、今日も西谷さんの隣で笑っている。

「肉まんって美味しいねー」
「なまえ!大地さんにお礼言ったか?」
「いったふぉん!夕こそ言ったほぉ?」
「食いながら喋るなよ!」
「こら、西谷。なまえちゃんをいじめるんじゃないぞ」

 部活の終わった放課後。俺達というより西谷さんを待っていたなまえさんは、清水先輩の手伝いをしてくれていたらしい。
 流れるまま全員で帰ることになって、坂ノ下商店で主将が皆に肉まんを奢ってくれた。

 部活中は、目が合っても何も言わずに見返すしか出来なくて。なまえさんは俺と目が合っても逸らしたし、気まずそうにしていた。
 何か喋りかけたい、何でもいい。機会を伺っているのに、きっかけが分からない。急に謝ったりするのは変だし。

「ああああ……」
「何だよ、影山。食わねーの?」
「食うわ!くそ、日向ボゲェ!」
「王様怖ーい、何ピリピリしてんの?」
「ぷはっ!」

 月島が絶妙にムカつく顔をして、山口がその後ろで腹抱えて笑っている。言い返すのも腹が減るから、溜息も飲み込んで肉まんを頬張った。

 思えば、俺はなまえさんの後ろ姿ばかり見ている。今も西谷さんの隣に並ぶなまえさんは、振り向いてくれるそぶりもない。
 西谷さんと喧嘩している訳でもなさそうだし、俺の言い方が悪かったのか。全然わかんねぇ。

「熱々が美味しいね!」
「だなー!大地さん、コイツの分まであざーす!」

 まるで保護者みたいに、西谷さんがなまえさんの頭を抑えてそのままお辞儀をする。

「はは、いいって!」
「痛い、夕の馬鹿!」
「西谷。女の子にはもうちょっと……」
「女の子!コイツには女の子とかいらないですよ、旭さん!な、なまえ!」

 西谷さんはさらに頭をぐちゃぐちゃに混ぜながら、なまえさんに同意を求めた。

「痛いー!」
「はは、うりゃうら!」
「コラ、やめなさい」
「ハイ!潔子さん!」

 清水先輩がなまえさんを庇う。それだけであっさり西谷さんが手を挙げて、なまえさんの頭から手を離す形になった。

「潔子さんに嗜められた……!」
「夕、格好悪い」
「歪みねぇな、ノヤっさん!」

 何故か田中さんがキリっとした顔をして西谷さんを眺めていて、この人たちはたまに訳が分からない。でもなんとなく、分かったらいけないような気もする。



 なまえさんの横顔からは、何を思っているのか読み取れなかった。ただ、西谷さんにチョップをかまして避けられて、文句を言いながら笑っている。

「あの二人、本当に仲良いなぁ」
「だな」

 菅原さんと東峰さんがしみじみとそう言っているのを聞くと、この二人はやっぱり付き合っているように見えるんじゃないかと思えてくる。

 なまえさんのことは少ししか知らないけど、西谷さんといるときが一番幸せそうで、笑った顔がふわっとしている。
 俺は難しい言葉は言えないから、こう、何て表現したら正解か知らないけど。

(でも、付き合ってないんだよな)
「影山、どうした?」

 それでも二人は付き合ってなくて、なまえさんは彼女じゃないって泣きそうになっていて……って考えたら段々とムカついてきた。
 横から日向が顔を伺ってきたけど、それを無視してズンズン歩く。

「ん?影山、どうした?」
「……はねてます、ソレ」
「え、わ、ありがとう!」

 無理やりなまえさんの横に並んでみたはいいけど、何を話していいか全然思いつかねぇし、とりあえず西谷さんが撫でたことでグシャグシャになった髪を指差した。
 頭を押さえ付けるなまえさんを見ながら、どうしたらまだここにいられるか考える。

「影山くんは、夕と違って優しいなぁ」
「ぶは!影山が優しいとか!ナイナイ!」
「ぎゃああ!影山が優しいとか怖い!」

 うるさい、外野。でもなまえさんが笑ってくれるから、文句はやめておく。そして、泣かせたことを謝ろうと思っていたけどそれも止めた。

「影山のやつ、どうしたの?」
「さぁ」

 俺にも理由が分からないから、他の人に気味悪がられるのは仕方ない。ムカついた理由も、ここにいたい理由も。でも、止める気はしなくて。
 俺は気まずい思いをしながらも、分かれ道までその隣に居続けた。



***続***

20131025


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