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君の背中(彼)


 図書館から出ると、日が傾いて暑い日差しはいくらか和らいでいた。そう何時間もいた訳ではないけれど、まるで景色は変わって見える。
 違う、それは意識の問題か。なまえさんの気持ちに確信が持ててから、忌々しいとばかり思っていた暑さでさえ心地イイ。
 そこまで思える自分に笑えてきた。理由は何でもいい。この緩んでいく口元に、言い訳が思いつけばそれで。

 図書館を出た途端、踊るように階段をくだって前に出たなまえさんを見た。片手を上げながら伸びをして、背中が綺麗に反っている。
 この背中をずっと見ていた。真っ直ぐに伸びた背は、小さいのに大きく見える。西谷さんと何処か似ていて、潔く見える。
 思えば、最初からずっと目で追っていた。

「なまえ、さん」
「ん?」

 呼び止めると、振り返ってくれる。その頬が少し赤いままなのが嬉しい。俺はまた睨みつけていたのか、なまえさんが笑いながら自分の眉間を指差す。
 思わず手を当てて伸ばしてみる。力んでいたのか、確かに皺になっていた。

「俺はなまえさんが好きです」
「う、うん。私も、だよ?」
「抱きしめて、いいですか?」

 真っ赤な顔をしたなまえさんが、下を向きながら小さく頷くのが見える。本当は知っている。彼女が、まだ戸惑っていること。
 それでも大股で一気に距離をつめて、その戸惑いごと抱きしめた。

「あの、あのね、影山くん!」
「大丈夫です、これ以上はまだしません」
「ま、まだ……?」
「怖いんですよね、俺が」
「可笑しいよね?でも、好きだよ」

 好きだと言ってくれる声が一際小さい。それでも自分の中で噛み締めて大きくなる。ぎゅっと抱きしめなおしたら、なまえさんの手が弱々しく俺の背中の服を掴んだ。

「散々我慢したから、もう少しくらい平気です」
「うう、すみません」
「手くらい繋いでもいいですか?」
「うん!帰ろっか」

 顔を上げたなまえさんは、少しだけほっとした様に見える。それでも差し出された手に不満なんか吹き飛んだ。可愛いな、ちくしょう。
 けど、俺は反省を生かせる男だ。好きになってくださいと言っただけでは進まなかった。だから、大事なところは早く言っておくに限る。

「なまえさん、俺と付き合ってください」
「え!あ、そうだよね。うん。付き……」
「顔赤……照れ過ぎっス」
「ごめん!私、こういうの、初めてで」

 噛み噛みになりながら言うのが、いちいち可愛い。さっきこれ以上はしないなんて言ったけど、自信なくなってきた。

「やべぇ」
「……?」
「あんま見上げてこないでください、自信なくなる」

 こんなに近いことが当たり前みたいになると思うと、ソワソワする。握った右手は、図書館の時みたいに逃げ出そうとはしないけど。
 俺の言った意味が分かっていないらしく、どうしていいか困っている。その顔も可愛いって言ったら、もっと困らせるんだろうか、やっぱり。

「えっと、あの。知ってると思うけど私、夕のことがずっと好きだったから、付き合うのは影山くんが初めてだよ?」

 立ち止まった俺よりも、なまえさんがくるりと前に出た。向かい合う形になって、両手が握られる。顔を覗きこまれて思わず仰け反った。

「……っ!知ってます」
「だから、色々間違うかもしれないけど、これからも、宜しくお願いします」

 深々と頭を下げた彼女に対して、俺はあんぐりと口を開けたまま。だってこんなの、まるで。

「影山、くん?」
「あー、もう!知らん!」
「え、え?わぁ!」

 宣言だけして抱きしめると、なまえさんは決して色気があるとは言えない声を上げた。腕の中で縮こまって、それきり声は上がらない。
 そんなこと知るか。俺だって、人と付き合ったこと、無いし。でも、間違っていてもいいと思う。

「なまえさん、好きです」
「う、うん」
「俺は簡単に手放す気ないんで、覚悟してください」

 見つめていただけだった背中を抱きしめる。きっと俺が見つめていた期間の何十倍も、もっとか。なまえさんは西谷さんを見ていたんだろうけど。
 この背中に手が届いたから、もう逃がしてやるものかと思った。

「もう西谷さんとベタベタ禁止です」
「え?ベタベタしてない!」
「してます。無意識ですか?」
「えっと、夜に夕の部屋に行くのとかは止める」
「……昼でも駄目」
「ごめん!駄目!」

 聞いてない。幼馴染ってそんなに仲良いものなのか。ちょっとショックだ。というか、こんな人と部屋に二人きりで何もしない西谷さんすげぇ。
 軽く常識が崩れて、頭を振って立て直す。見ているばかりだった背中を、もう追いかけるだけじゃない。これからは。

「これからは、俺が隣を歩きます」
「……うん。嬉しい」
「っ!可愛すぎだろ、アンタ」

 あーもう、顔真っ赤にして。ブンブン顔を高速で横に振ってやがる。否定したって俺の気持ちに変わりは無いから、別にいいけど。
 抱きしめている手に力が入った。これ以上狭めたら壊れてしまいそうで怖いから、我慢することにする。なまえさんは頭を俺の胸元に埋めて、閉じこもってしまったけど。

「なまえさん?」
「し、知らない」
「このままだと首筋が隙だらけですけど」
「っ!か、影山くんが意地悪い!」
「別に元々こんなもんです。アンタに俺が優しかったことありますか?」

 そういうと、顔を上げて考える仕草をするなまえさん。しばらくそうした後、顔を崩して笑った。あ、やっぱり困っている顔よりこっちの方がいい。

「ふふ、君は手厳しいもんね」
「すんません。何か、色々」
「美人じゃないとかね?」
「それは毎日毎日可愛いって言い聞かせないと駄目ってことですかね?別にいいっすけど」
「……ちが、あ、うう。でも」
「でも?」
「影山くんに可愛いって思ってもらえるよう、努力しま、す……」

 そんなとんでもない事を言うなまえさんに、俺は堪らなくなって。我慢していたのに結局強く抱きしめ過ぎて、最後には痛いと睨まれた。
 可愛いばっかりで、全然怖くなんかなかったけど。



***続***
20160901


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