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確信


 東京合宿が終了して数日、何事もなかったかの様に「勉強教えてください」と言ってきた影山くんに心のどこかで安心した。
 私に出来ることならと快く承諾して、図書館まで来ている。影山くんの残していた大量の宿題は、合宿中も持っていったらしいけど減ってはなかった。
 とりあえず出来ることからしようと告げて、集中力が切れない内に英語に取り掛からせる。時々つまって聞いてくるけど、ほとんどは教科書と格闘しながら頑張っていた。

 持ってきた自分の宿題を取り出して、数学の問題を解こうとする。ちっとも頭に入っていかない文章問題に、早々に諦めて影山くんを盗み見た。
 夕には好きだって言えと言われたけれど、影山くんの態度がいつも通り過ぎて。完全にタイミングを逃してしまった。

「何ですか?」
「えっ!」
「珍しいっすね、なまえさんがこっち見てるの」
「そうかな?」
「いつも俺ばっか見てるんで」

 視線は教科書に落としたままそんなことを言う影山くんに、自分の思い込みを払拭される。いつも通りと思っていたのは私だけだったかも。
 そう思うと恥ずかしくなって俯いた。何か話題を変えよう、この空気に耐え切れなくなって必死で話題を探す。

「そういえば、次の試合はいつ?」
「西谷さんから聞いてないんスか?」
「あー……聞いてない」
「夏休み中です」
「え?もうすぐだね!」
「また試合来てください。力になるんで」
「う、うん」

 じっと真っ直ぐに見下ろしてくる目に捕まって、戸惑うのは私ばかりだ。影山くんはさっきからストレートな言葉を浴びせてくる。
 それを聞いて胸がきゅっと痛くなるのは、目の奥の熱を感じ取っている所為かもしれない。逃げたくないけど、逃げ出したい。

「わっ!」
「緊張しないでください、こっちもするんで」
「そ、そんなこと言われても……」

 今度は物理的に手を掴まれた。握られた手から伝わるのは、手が熱いことと、少し汗を掻いていること。そして私と同じ位、緊張していること。
 机に広げられた宿題に視線を落として睨む。さっきから全然進んでいない。それでも意識がそちらに傾きかけるのを呼び戻すのは、やっぱり影山くんで。
 反対側の席から深い深呼吸が聞こえてきた。

「で?もう認めますか?」
「……はい?」
「だから、俺が好きだって認めます?」
「な、なん……な、え?」

 言い草に驚きすぎて、握られた手を引っ込めようと後ろ向きに力を篭める。それでもびくともしない。力強く握られて、逃げるなと言われている気になった。
 相変わらず、影山くんの眉間には皺。それでも、薄っすらと赤い頬が。汗ばんだ手が。彼も緊張しているんだと、教えてくれる。

「なまえさん、顔真っ赤」
「影山くんだって、赤いよ!」
「そんな顔されたら、色々したくなるんですけど」

 色々って何か聞き返す勇気はない。握られた手すら振り解けないのに、そんな事言ったらどうなっちゃうのかなんて。
 もう、頭がいっぱいで何も考えられない。それなのに、何故か自分の心音が大きく聞こえてくる。

「俺だけが好きなら、出来ないじゃないですか」
「……っ!」
「だから、確認しとこうかなって」
「影山く……」
「俺のこと、好きになりました?」

 にっと笑った顔が、いつもよりぼやけて見える。核心に満ちた嬉しそうな顔を、もっと見ていたいのに。自分の気持ちだけで精一杯な私は、年上失格なんじゃないかな。
 夕のことが好きだって、影山くんには知られていて。もう好きじゃないですよねって、とっくに見透かされていて。
 それでいて今は、影山くんのことをとっくに好きなんだということまで。知られている。もしかしたら、ずっと待っていてくれたのかもしれない。

「な、何で泣くんですか?」
「ごめ……何でだろう」
「ん」
「ありがとう」

 タオルを押し付けられて、握られていた手が離れた。そのことに安心してしまった自分が情けない。好きだけど、好きなんだけど。
 この展開に全然ついていけないのは、私に余裕がないからだ。夕の背中を追っかけていただけだったから、何も知らなかった。
 相手と気持ちが通じても、こんなに苦しいこと。

「あー……すみません」
「違っ!私も、影山くんが好きだよ」
「……っ!」
「でも、でも緊張して……」

 言いかけた言葉は口から出る前に、自分の口に押し留まった。私の口元をすっぱりと覆うのは、影山くんの大きな手で。
 勢いの割には全然痛くなかった。それなのに、緊張と混乱で泣き出しそうになってしまう。

「なまえさん、大丈夫です」
「……」
「ゆっくり、呼吸出来ますか?」

 頭を縦にゆっくり振って、大きく息を吸い込んだ。ふーっと言いながら一緒に呼吸を吐いてくれた影山くんに、逐一愛おしさを感じてしまう。
 これでどう言えばいいのか迷っていたなんて笑われても仕方ない。もう、全く隠せていなかったんだから。

「とりあえず、外出ます」
「……う、うん」

 手を離すと机の上を片付け始めた影山くんに、慌てて倣う。この状況に慣れなくて震える手は、机からシャーペンを弾き飛ばした。
 机の下に潜り込んで、転がった先を追いかける。シャーペンを見つけて顔をあげると、すぐ先に影山くんの足があった。

(あ……足が)

 視線の先には、何度も振り下ろされる影山くんの足先が見えて。この状況に落ち着かないのは自分だけじゃないと分かって、失礼ながら嬉しくなる。

「なまえさん?大丈夫っすか?」
「ふぁ、はい!」

 這い出した私は、少しだけ口元が緩んでいたと思う。影山くんが訝しんで首を捻るけれど。何でもないと首を振って、影山くんの背中についていった。



***続***
20151019


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