×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


無碍には出来ない


 影山は自身の予想通り、合宿が始まってしまえばなまえのことは頭の片隅に追いやれた。自分が変わっていくように、日向が成長していたことも大きい。
 チームの人間も未だ噛み合っていないが、新しいものを得ようと躍起になっているのは肌で感じられた。集中を切らせば置いていかれる。
 そんな焦りと嬉しさがない交ぜになった感情は、影山のやる気を底上げしていた。ここにいる人間は、皆バレーが好きだ。
 そう思うと、負けていられないという気持ちに火がつく。練習に加え、ペナルティーと寝不足も相まって体は疲れてはいたけれど。
 大盛りに盛った夕食を盆に載せ、意気揚々と一日目の夜の食堂で着席した時だった。

「おっ!ここ空いてる?」
「あ、ウス」

 練習以外では日向と会話らしい会話をしていなかったので、自然と食堂でも離れた位置を取る。烏野の自主練組と少しだけ出来た隙間に入り込んできたのは、梟谷のエースだった。
 確か、日本の五指に入る実力者。同じく自主練をしていたのか、音駒の黒尾と梟谷のセッターが続いて席を囲んだ。

「なぁ、チームメイトと仲悪いの?」
「ぶっ!何てこと言うんですか、木兎さん。アホでしょ、あんた」
「木兎、こっち……あー、名前」
「影山です」
「影山な。悪ぃな、こいつお前と違う意味で馬鹿なんだ」
「黒尾さんのそれもどうなんですか」

 斜め前に座った梟谷のセッターの冷静なツッコミに、常識が通じそうな人だと影山は思った。よく分からないまま腹立たしくなる及川の様な人間なら遠慮願いたいが、そうではないらしい。
 頭を一回だけ横にふって箸を伸ばす。食堂と風呂の時間は決められていて、待ってはくれない。黒尾の言ったことは深く考えないようにした。

「影山は、あのチビちゃんと喧嘩してんの?」
「オブラートに包めよ、馬鹿」
「まぁ、一応小声なだけ木兎さんなりに頭使ったんですよね」
「お前ら酷くない!?何か冷た過ぎない?」

 目の前で繰り広げられている光景に、口を挟む余裕はない。日向とも喧嘩をしているつもりはない。噛み合わないだけ。
 まさに新技の感覚と同じで、少しの差異が大きく表面に現れていて上手くいかないのだ。

「まぁまぁ色々あるんだろ、青春だねぇ」
「あれ、挑発上手の黒尾らしくないじゃん。さっきので懲りた?」
「木兎さん、真新しい傷を抉るのはやめてあげましょうよ」
「赤葦の言い方の方が染みるんだけども」

 隣に座った黒尾が頬をかき、少し視線を外しながら言う。何のことか分からず首を傾けると、赤葦と呼ばれた梟谷のセッターが教えてくれた。

「烏野のメガネ君、怒らせちゃってね」
「月島……すか?あんなもん、いつも怒ってますよ」
「ぶはっ!影山お前!やば、笑わせんなよ、もー!」
「はぁ」
「ああ、ごめん。この人の言うことは半分以上聞き流していいよ」

 自分の感想を述べただけなのだが、何故か木兎には大笑いされてしまう。まともそうな赤葦の言葉に従って、気になりつつも視線を盆へと戻した。
 魚を頭から齧った木兎は、少し喉につかえたのか水を一気に飲み干す。それから一息ついて、喉にかかった声を出してから言った。

「また練習付き合ってもらいたいんだけどなー!」
「自主練、に付き合ったんスか?あの月島が?」
「え、マジ。やっぱそんなにレアなの?アレ」
「研磨のやる気とどっこいな感じか……困ったもんだ」

 月島はやる気もさることながら、他校の人間と積極的に交流しようとする性格には思えない。自分も社交的とは言い難いが、月島もまた違った意味でパーソナルスペースの狭い性質だ。

「でもああいうタイプが一番女にモテるんだよな!」
「よく分かってんじゃねぇか。そして知名度の割にお前はモテない」
「くっそー!やっぱメガネ君モテんの?」
「え、あ……さぁ?」
「木兎さんみたいに他人がモテるかまで興味ないですよ、普通」
「赤葦!言っとくけどお前のその考えが異常なの!俺や黒尾は健全なの!」
「さらっと俺を入れるんじゃねぇよ。お前と一緒にするな」

 はっきり言って、この手の話題は苦手分野だ。助けを求めて反対側を伺えば、烏野の自主練組はとっくに食事を切り上げていなくなっていた。
 せめて主将や菅原がいてくれれば、この場を切り抜けるのも容易だっただろうに。黒尾が煽ったことで木兎はさらに憤慨し、勢いよく片手をテーブルに叩きつけた。

「もしかして、お前もモテんの?」
「おー、背ぇ高くってぇ、顔もキリっとしててぇとか言われてそう」
「……黒尾さん、メシがまずくなるんでいきなり裏声出すのやめてください」
「いや、俺は全然、別に」

 忘れようとして頭の隅においやったはずのなまえが、思わぬところから思い起こされる。不特定多数に好かれていなくてもどうでもいい。
 ただ、なまえにだけは好きになってくれと願った。強引で身勝手で無茶な要求だと分かってはいるけれど。

「ははーん」
「何だ?黒尾が悪い顔してる!」
「影山、お前彼女とかいるの?」
「いっいません、よ!」
「あー、じゃあ好きなやつか。そっか、頑張れよ」

 ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべて組んだ手の甲に顎を乗せる黒尾は性質が悪い。それに感心しきった表情をする木兎も同等だ。
 申し訳なさそうに目を向けてくる赤葦だけが頼りだが、上下関係を考えるとこの場を今から逆転出来る方法は無さそうだった。

「なん、な、何で……」
「お、当たり?ぶっちゃけると勘だったけど今ので確信したわ」
「えげつないですね、黒尾さん」
「スゲー!何て名前?可愛い?烏野の子?」

 前のめりで迫ってくる木兎に臆して、少しだけ背を仰け反る羽目になる。それを見た赤葦が手を伸ばして、木兎を着席させようとしていた。
 視線をばらすと、瞬きの合間にも網膜に浮かぶのはなまえの顔で。いつも思い出す笑った顔でなく、最後に会った時の驚いた顔なのが何とも言えなかった。

「木兎さん、聞かなくても充分ですよ」
「おおー……、だな!」
「は?」
「お前、顔が凶悪なのに耳だけ真っ赤とか照れ方まで怖いな」
「……っ!っ!」
「大丈夫?ほら、水」

 恥ずかしさに無理矢理米を口にかき込めば、あまり表情の変わらなかった赤葦が眉毛を上げながら水の入ったコップを向けてくる。
 乱暴に受け取って流し込んだ一口目は、これでもかという程冷たかった。

「隠すな、隠すな。どうせ逃げらんねーんだから」
「また、黒尾さんは身も蓋もないですね」
「っぶ、は、はぁ。まぁ、そっすね」
「おおお!言うじゃん!」

 考えないように考えない様にと念じていても、熱はすぐに自覚を伴って漏れ出す。なまえにすら突きつけてしまったそれに自分が逃げる訳にもいかない。
 口元を手の甲で拭いながら影山が肯定すると、三人はどこか訳知り顔で笑っていた。



***続***

20150323


[*prev] [next#]
[page select]
TOP