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暗闇と光


「なぁ、影山のやついつにも増してキリッとした顔してるな」
「やだなぁ、田中さん。アレはギロっとしてるって言うんじゃないですかぁ?」
「っぷ!そうかも。ちょっと怖い」

 田中さんの一言を受けた月島のムカつく返しも、それに続く山口の笑い声もいつも通りだ。皮肉がいつもより音量が小さいくらいの違いしかない。
 深夜のバスの中は寝ようとする人間と興奮して寝られない人間と半々で、それも目的地に到着する頃には眠りたいやつが多くなるだろう。
 そんなに酷いかと窓ガラスに映る自分の顔へと視線をやった。眉間に皺が刻まれているのはいつものことでも、目が血走っている気がするのは確かに、ちょっと気持ち悪かった。

「お前等うるさい。寝られないなら静かにしろ」
「うおっ!大地さん、さーせん」
「だからうるさいって田中。ほら、1年も寝れる内に寝ろよ」

 主将の声もいつもより掠れていて、その先に見えた日向はもう鼾をかいている。アイピローを装着した東峰さんも、頭をシートに預けて白い喉仏を晒していた。
 目を瞑ると浮かんでくるのは、昨日のぽかんと口を開けたままのなまえさんで。驚いている、きっとそんな顔。想像も出来ませんでした、みたいな。
 俺は自分で言うのも何だけど、バレーの事以外は上手くこなせるとは言えない。だからなまえさんにどこまで俺の気持ちが伝わっているかは分からなかった。
 それでも、今まで自分なりに色々としてきて手応えはあった。西谷さんへの気持ちの変化も気付いていない様な人だから、鈍いのは知っていたけど。
 俺がなまえさんを好きなことくらい、知られている位の覚悟だったのに。

(分かんねぇ……あの顔はアリか、ナシか?)

 あの後も俯いたまま歩いて喋ることはなかったけれど、握った手を振り解かれることもなかった。なまえさんの力では解けなかっただけかもしれないけど。
 家に着いたあと、「ありがとう」と言ってくれた彼女は後ろ姿のままで。一度も振り返ることなく玄関へ吸い込まれていった。
 いつもならこっちが帰るまで手を振り続けているような人が、だ。

(あーも、バレーしてぇ)

 前にも同じことを思った気がする。難しく考えるのは苦手だから思ったままを言って、相手にとって負担かどうかまで分からない。
 ついこないだまで西谷さんを好きだったなまえさんに、本当はあんなことを今の時期に言うつもりなんてなかった。
 ただ、あまりにも可愛いことを言うから。あの人が悪い、俺を煽るから。そんな風に言い訳を考えると、前の座席に頭を打ちつける。
 最悪なことに、ちょっとキレながら言ってしまった。あんな告白の仕方があるかと自分へツッコミを入れてみても、言った事は取り消せない。
 それに忘れてくださいなんて言う気もなかった。あれこれ考えたところでどうせ同じ答えに行き着くんだ。俺はなまえさんが好きで、彼女にも俺を好きになってもらいたい。
 だからこそ、早く好きになってくれと願った。

 いつの間にか締め切られたカーテンをそっと押し広げる。窓の外は疎らに立っている外灯の明かりで所々照らされているけれど、それ以外は真っ暗だ。
 まだ高速には乗ってない。再び焦点をガラスに変えると、自分の顔が黒い中に浮かんでいた。眉間に皺、口の上にも皺。わざとではない。
 けれどなまえさんにもよく注意される、不満を隠そうともしない顔。

(……脅迫みたいじゃねーか)

 あれは確かに俺の気持ちだったけど。一方で、早く好きになれだなんてよく言えたものだとも思う。初めて会った頃、俺は酷いことを言って彼女を傷つけた。泣かせたし、怒らせた。
 俺が余計なことを言わなければ、もしかしたらなまえさんは今も西谷さんを好きだったのかもしれない。何にも望んでないと悲しい顔をしながら。

(あー……これ、何か)
「……ま、影山」
「あ?」
「あ?じゃねーよ、お前いい度胸だな、オイ」

 小声で、それでも威嚇するみたいに声をかけてきたのは西谷さんで。俺があんまり頭の中で西谷さん西谷さんって言ったから、聞こえたのかと思った。
 でも斜め前の席からこっちを伺ってくる西谷さんは、瞬きもせずこっちを見て首を傾けてくる。何だろう、少しだけ後ろめたく思いながら返事をした。

「すみません。なん、スか?」
「…………」

 何か用事だと思ったのに、西谷さんは俺を見てくるばかりで何も言わない。ただ腕組をしながら背筋を伸ばしてじっと見てくる。
 そういえば、前の合宿の時も変だった。やたら鋭い視線を感じるなと思ったら西谷さんで、あの時はてっきりなまえさんに何か苦情でも言われたのかと……まさか。

「西谷さん、あの、まさか」
「おう」
「聞きました?」
「何だ?」

 言いかけて、止まる。この反応はどっちだろう。もし聞いてないなら今ここで言いたくない。騒ぎになるに決まっている。
 それに普段の月島の反応とか見ていたら、なまえさんに迷惑になるかもしれないから。

「……やっぱいいです」
「何だよ!止めんなよ、気になるだろうが!」
「いや、本当……」

 何でもないんで。そう言いかけて、俺も西谷さんもゾクっと身震いした。ひんやりとした空気を感じ取って、ほぼ同時に後ろに向かって体を起こす。
 その正体に気付いた時、西谷さんのツンツン頭の先が少しだけへにゃりと曲がったような気さえした。

「に、し、の、や?煩いよ」
「ひっ!大地さん、さーせん!」
(影山!お前ももう寝とけ。大地さんは寝不足だとなぁ……)
「田中ぁ、俺は静かに寝ろって言ってんのね?」
「す、すいませんでしたぁー!」

 前の席にいた田中さんが座席同士の隙間から小声で何か言っていたけど、何も分からなかった。田中さんが怒られているのに、俺まで恐ろしいと思うのは仕方がない。
 わざと周囲に示す感じの咳払いをした主将に、自然と背筋が伸びていく。俺は何を言われるだろうか。そう思って奥歯に力を入れる。
 すると、片手で口を覆った主将は欠伸を噛み殺して。口を開けたままそれを眺めていた俺は、視線が合うと気まずさに慌てて逸らした。

「影山」
「……ハイ」
「いっぱい悩め」
「……は?」
「でもなぁ、着いたら集中しろ。影山のことだから心配いらないだろうけどな!」

 これ以上ないくらい優しく微笑まれて、また口が開いていたと思う。左頬をポリポリとかいてやり過ごし、返事をすることが出来ないでいた。
 もういいぞと右手一つで示されて。体を自分の席へと沈め直す。指でカーテンを摘むとバスは何時の間にか高速に入っていて、窓の外はずっと同じ景色が続いていそうな錯覚を起こした。
 そうだ、今は問題ない。トスの精度を高めることに集中していれば難しいことを考えなくてすむ。

(問題は、合宿が終わってからだ)

 どうせまた会いたくなるに決まっているから、避けようなんかないのに。俺は景色を睨んでいるのか窓に薄っすら映る自分を睨んでいるのか分からないまま、睡魔がくるまで同じ姿勢でい続けた。



***続***

20150215


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