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困らせたい訳じゃない


 明日からついに一週間の遠征合宿という日、早めに切り上げられた練習のあとも影山くんは少しだけ残って自主練をしていた。
 私もそれに付き合って、その帰り道を二人で歩く。こないだ手を繋いで帰ったことを思い出してしまって緊張が隠せない。
 無口なまま歩いていく空気に耐えられなくて、答えを知っている質問を繰り返した。

「何時集合だっけ?」
「0時です。一回帰ってメシ食って風呂入って……」
「ちょっとでも寝た方がいいんじゃないかな?」
「あー……っすね」

 そう言いつつ眼前を睨んでいる影山くんは、早く合宿に行きたくて仕方ないんだろう。きっとバスの中でも寝られないだろうし、少し寝た方がいいとは思うけど。
 1日中バレーのことだけに集中していられるし、強豪校と対戦することで得られるものも大きいだろうし。そう考えれば、良いこと尽くしなのに。
 少しは淋しいとか思ってくれたりしないかな、なんて。そんなくだらないことを願ってしまう私は、いくつになっても無謀な期待をするのが好きだなぁと呆れた。

「なまえさん?」
「うん、うん?」
「今、何か考えてました?」
「うーん?」
「誤魔化すの下手ですか」
「あはは、つまんない事だよ」

 夕にはいつも言っている。合宿中はバレーのことだけ考えてねって。夕に片思いをし続けていた時は、笑顔で言えた台詞が出てこない。
 怖い程ストイックな影山くんの練習を見てきたからかもしれない。誰に言われなくとも、バレーをしている時はきっと彼の頭にはバレーのことしかない。
 それが伝わってくる。だから、言う必要なんてない。

 ふと、遠くて近い将来のことを考えた。大半の人は、食べるために仕事を選んだり学んだりするだろう。私もきっとそう。
 でも影山くんは、将来もバレーをする為に食べる。そういう生き方をする人だと想像が容易で。だから、淋しいなんて口にすることは憚られた。
 こうして二人で肩を並べて歩いていても、その隙間が大きな隔たりの様に感じる。おかしいよね、バレーを好きな影山くんが好きなのに。

「俺に言うのは嫌ですか?」
「えっ?」
「西谷さんなら、言いますか?」

 影山くんの声は低くよく響いて、私の意識を簡単に持っていく。口の上が皺になっているのは相変わらずで、不満を隠さないのも彼らしい。
 その不変さに嬉しくなってしまう私の方がきっと駄目なんだ。分かっているのに、口が笑うのを止めることが出来なかった。

「何で笑って……俺は!」
「ごめん、違うよ、ごめんね」
「溜め込まずに言ってくれるって約束したじゃないですか」
「うん、ありがとう」
「……あんた意地っ張りだな」

 私が一方的に怒ってしまったことがあるからか、影山くんは最初優しかった。でもやっぱり思う所があるらしく、挑むように睨んでくる。
 よっぽど間抜けな顔をしていたんだろう、影山くんは視線を逸らして溜息を吐いた。その頬に少しだけ赤みが乗っていて、じわりと期待が駆け上がる。

「俺は言いましたよ。なまえさんが嬉しそうなのは嫌だって」
「あ……言ってたね」
「一週間、長くないスか?」
「長い、よね」
「なまえさんは俺に会えなくても、へ、平気ですか?」

 口を尖らせて語尾も小さくなっていく。それでもその声は正確に私の鼓膜を震わせて、ちゃんと伝わった。眉間の皺も相変わらずで、怒っている様にしか見えないけど。
 察してくれていたのかもしれない。バレーに集中して欲しいから、遠慮したつもりでいたけど。全然隠せていなかったのかもしれない。
 本当は、こんなに。

「淋しい、よ?」
「なまえさ……」
「影山くんこそ、平気ですか?」

 もうとっくに立ち止まってしまった私たちの横を、自転車に乗った小学生が追い抜いていく。蝉の声もうるさくて、遠くで烏が一鳴きしてから飛び立った。
 顔が赤いのは夕日のせいじゃない。でもそれは影山くんも同じで。

「それは、あの、」
「影山くんの一番はバレーだってこと、知ってる。だから、言うのは駄目かと思って。でも変に気を遣わせちゃったから、あんまり意味なかったね」

 ごめんね、先程も言った言葉を繰り返して、この話題を切り上げた。先に歩き出したのは私で、いつまでも足音が追ってこない。
 やってしまったかもしれない。困らせたかった訳じゃないのに。今一番大切な時だって、ちゃんと分かっているのに。後悔が後から後から膨らんでいく。

「なまえさん」
「ん?」
「そんな言われたら期待します」

 大きな数歩ですぐ後ろまで来た影山くんが、私の左手首を掴む。胸の高さまで持ち上げられてから見せ付ける様に、しっかりと手を包まれた。
 私の手を包むのは影山くんの大きな手で、ぐっと前方方向へと進む。つられる様に足が進んで、ようやく元の位置へと手が下ろされた。
 それでもつないだままの手に熱が篭る。汗をかいていたらどうしようと思うあたり、前よりはこの状況に慣れてきたのかもしれない。

「聞いてます?」
「えっ?何だっけ?」

 慣れたと思ったのは自分の感覚の話で、緊張していることに変わりはないらしい。影山くんの言ったことをちゃんと理解はしていなくて、聞き返した今も手に意識が傾いている。
 そんなことは影山くんにはお見通しだったらしい。渋い顔をしたまま、吐き捨てるみたいに溜息と共に漏れてきた一言は。

「早く好きになってください、俺のこと」
「……え?」
「帰りますよ、さっさと!」

 すごくぶっきらぼうで、最後の方は何故か怒り口調だったけど。私を引き摺って歩いてくれた手はしっかりと握られたままで。
 見上げるとすぐ近くにある影山くんの耳は真っ赤だった。それを見てやっと、影山くんが言ったことの意味を理解する。
 だけど、聞き返す勇気なんて全然なくて。私は地面を睨みつけながら、昂ぶってくる感情を持て余しているばっかりだった。



***続***

20150124


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