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言葉少ない帰り道


 近くのラーメン屋さんはこじんまりしているけど味は絶品だ。前に私が夕と来た時は醤油ラーメンを頼んだので、旭さんがおススメだと言っていたとんこつラーメンを頼んでみた。
 影山くんは醤油ラーメンを頼んで、餃子も食べるかと聞いてきたから「少しだけ頂戴」と答える。口がにんにく臭くなるかもしれないけど食べたいから仕方ない。
 カウンターに二人で並ぶと、席の間隔が狭いせいか肘がぶつかった。ごちっと音を立てるそれが痛くて、影山くんの腕は骨ばった男の子のそれだなぁと思い知らされる。

「あ、すみません」
「ううん、私こそごめん!」

 お互いに気まずくなって、少しだけ反対方向へと椅子をずらす。その後正面を向くと店主さんと目が合って、何故かにんまり笑われた。
 正直とても恥ずかしい。二人とも黙々とラーメンを啜り始めて、ぽつりぽつりと会話を交わし始めたのは食べ進めてある程度お腹が満たされてからだった。

「いよいよ合宿だね?」
「はい……今度は遅刻せず行ける」
「そう言えば、そんなこともあったね!」

 焼きたての餃子が運ばれてきたので、小皿にタレを2つ分注ぎながら答える。私は使わないからとラー油を差し出せば、影山くんは大して見もせずにそれを注いだ。
 結構な赤色に染まった皿に目が釘付けになる。結構辛そうだけど、大丈夫なのかな。

「夏休みの宿題は手を付けてる?」
「う!?ぐ……っ!」
「わぁ、水!はい」
「すみません。なまえさんが不意打ち食らわせるから……」

 まるで私の過失の様に言い放つ彼は、どうやら餃子が熱過ぎたわけでもラー油を入れ過ぎたわけでもないらしい。宿題やってないのかな。
 コップを手渡して背中を摩ると、影山くんの肩が大袈裟に撥ねた。それから少し睨まれて、口が尖って唇の上に皺が出来ていく。

(もしかして照れてくれたり、とか……)
「そういえば、ありましたね。そんなもん」
「そんなもんって!影山くん多めに出されたんじゃないの?大丈夫」
「何で知って……」
「去年夕も多めに出されてたの。赤点取った教科は割り増しで個別に課題出てるでしょ?」

 口から自白が漏れた気がするけどそこは追及しない。代わりに何故知っているのか種あかしすると、影山くんは持っている箸の先をラーメンの器に浸した。
 少し大袈裟にはねた水音を聞いて視線を上へと移動させる。いつもより見開いた目をしている影山くんは、口を小さく開けたままだ。

「アレ、やっぱ俺だけ多めに出されてたのか……!」
「気付いてなかったの?」
「……はい」
「ぷっ!本当にー?」
「あー……その時寝てて。気付いたら机の上にプリントがあったんで、その」

 やられたとか何とか呟く影山くんは不遜な顔をしているけれど、先生からすれば課題をたっぷり押し付けてしまいたくなるのも分からなくもない。
 影山くんは勉強方面に頭を使うのは苦手みたいだから、授業中は睡魔との戦いかもしれない。私も夕と席が隣だった頃は、急に寝始める夕の腕をよく揺さぶったものだ。
 懐かしさとの相乗効果で笑うのを止められない。気付けば緊張は解れていて、その後は近い距離もあまり意識しないでいられた。



「ご馳走様でした!」
「あんなんで良かったんスか?」
「ラーメン美味しかったねー!」
「え、あ、ハイ」

 暖簾をくぐって店を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。お腹も満たせたし、影山くんと一緒に晩御飯を食べられて嬉しい。
 そういえば、影山くんと晩御飯を食べたのはあのカレーの時以来だった。あの頃は影山くんに一方的で勝手な苦手意識を持っていたっけなぁ。

「……あはっ!」
「何ですか?」
「何でもない」

 相変わらず口を尖らせたまま、頭だけ傾ける影山くんは可愛い。こんなことを言うと怒られるから言わないけど、怖いと思っていた鋭い目付きも好きになっていて。
 こればっかりは、どう転ぶかは分からない。理屈じゃなく落ちちゃったから。

「なまえさん」
「ああ、ごめん」

 考え事をしていた所為か、影山くんが私より数歩先を歩いていた。足取りは真っ直ぐとは言いがたく、少しだけ迷っている。
 二人でご飯を食べて、一緒に帰る。この時間がもうちょっとだけ続けばいいのになって。そんなことを思っているのが、しっかり足にも反映されていた。
 先に待っていてくれた影山くんは、右へ視線をそらして溜息を逃がす。そうして私に向き直った彼は、ニタリと怖いくらいに笑った。
 何だろうと左手を胸の前に持ってきて身構える。ところが、その左手をぎゅっと握られてそのまま歩き出してしまった。
 つられて一緒に動く足は、さっきよりも浮ついていて着地をしている感触がない。

「か、影山くん!?」
「なまえさんがいつもより遅いから」
「ごめん、ごめんなさい」
「もうちょい遅い方がいいですか?」

 そう聞かれて、平気と答えようとした口が動かない。出来るだけ長くいたいと思ってしまったから。だから足、無意識に歩幅が狭まっていた。
 それを踏まえて左手に意識がいくと急に恥ずかしくなって、影山くんが繋いでくれた手に力が入ってしまった。それでも握られた手は熱くて、簡単には解けない。

「もう少し……」
「ん?」
「なまえさんチ着くまでは、このままでいいですよね?」

 私の顔を見ぬまま語尾を荒げる影山くん。相変わらず強引で、嫌だなんて言わせる気なんかない。それどころか、もしかしたら声も届かないかもしれない。
 影山くんの耳も頬も真っ赤だ。恥ずかしいならわざわざ口に出す必要はないと思うのに、私もまた必要のないだろう返事をしてしまう。

「……うん」

 自ら出した声なのに自分でも驚くほど小さくて、きっと影山くんには聞こえていない。そう思ったのに、こっちを向いてくれた影山くんは。
 貴重なあの、怖くない顔で笑うんだ。

「暑いっスね……」
「な、夏だから、ね……」

 思わず顔を逸らしてしまった私も、確かめるまでもなく顔が赤いと思う。湿っぽい夜風が熱くなった頬を優しく撫でてくる。
 結局家に辿り着くまで、一度も繋がった手に視線を戻すことは出来なかった。



***続***

20141228


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