×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


勢い


 先に見つけたのは自分だけれど、固まったまま動けないでいたら振り返った彼と目が合った。合ってしまった。私は上手く笑えているかな。
 自販機に向かって盛大に舌打ちを決めて、派手な音を立てながらボタン同時押しをした影山くんの背中は、顔を見るまでもなく不機嫌確定だったけど。
 振り返った時に標準装備の眉間の皺がいつもより深くなっているのを見て、無理矢理口を引き上げたのは事実だ。

「こ、こんちは……」
「ウス。来てたんですね」
「さっきね。早く来過ぎたかな?部活まだ始まってなかった」

 定められない視線を彷徨わせながら、詰まりそうになった言葉を小声で一気に喋る。影山くんの機嫌が何故悪いのか考えようとして、考えるまでもなく一つの事に行き着いた。

(もしかして、及川さん……?)

 もう近づくなと言われたのを反故にした手前、影山くんに直接連絡がいったかどうか聞く度胸はなかったけれど。可能性が頭をもたげたら、不安へと転がり落ちる。
 結局、及川さんの携帯を掴んでデータを消すことは叶わなかった。だから及川さんの消したという自己申告を信用したけど、本当のところは分からない。
 消してあげるから連絡先教えてよと言われて、半ば強制的に連絡先まで交換したのに。これで本当に送られていたら、及川さんに何て言ってやろう。

「……さん、なまえさん?」
「はい!?だからアレは偶然で決して約束とかした訳じゃ……」
「何がスか?」

 目の前には口を尖らせていく影山くん。私が口走った言葉を振り返ると、墓穴を掘ってしまった気がしたけど。首を傾げていく彼を見て、まだセーフだと心に喝を入れる。

「いや、何でも無いデスヨ?」
「片言じゃないですか」
「そんな事はないよ?部活行こ!部活」

 不信感を露わにした表情に、納得していないのは気付いていたけど。合宿前の大事な部活に遅刻は駄目だと思ったので、背中を押しながら第二体育館へ向かったのだった。

 なんて、格好のつく言葉でまとめてみたものの、本音は時間を置いて影山くんの怒り所を探ろうとしただけだ。観察していたら手がかりくらい見つかるかなって。
 だけど甘かった。そこはやっぱり、影山くん。バレーをしている間はそのことしか考えられなくなるのか、淡々と練習に打ち込んでいる。
 その姿を見て格好良いという感想しか浮かばなかった。恋する乙女というものは、こんなにも感情のふり幅が大きいものだろうか。
 私は乙女なんて可愛いものじゃないかもしれないけど、悩んでいるのが馬鹿らしくなってきたのも事実だった。



「あざっした!」
「ううん!お疲れ様!」

 自主錬中はボール出しくらいなら手伝えるので、この時間は結構好き。影山くんが満足いくまでとなるとなかなか終わらなくて、全てのペットボトルを倒すまで続けられる。
 綺麗に決まると嬉しいのに、終わる合図みたいで胸がきゅっとなる。理由がなくても影山くんを見続けていられる時間は、私には貴重なのだと改めて自覚させられた。
 ここまで考えて、影山くんが夏休みも会いたいと言ってくれたことを思い出す。私の夏休みの印象深い思い出が、及川さんとカフェでパンケーキ食べたってだけだったら。
 ちょっとそれは、嫌かもしれない。及川さんには失礼だけど、好きな人と時間を共有したいと思って何が悪いんだと開き直った。

「あの、ね!影山くん」
「……はい?」

 片付けを始めて少し遠くにいた影山くんの背中に声をかける。少し大声になって、体育館中に響くのが恥ずかしい。誰かに見られている訳でもないのに。
 反響が落ち着くまで口を噤んでいたら、また溢れてくる不安と葛藤。忙しいのは承知の上なのに、こんなことを言い出すのは駄目かもしれない。

「どうしたんですか?」
「あー……ううん!」
「はっきり言ってもらわないと分からないんで、教えてください」

 いつまでも切り出さない私に近づいてきて、目を逸らさずに言われる。影山くんのこういう所に慣れたつもりだったのにドキドキするのは、私の修行が足りないからかな。
 思わず渡そうとしていたタオルを力いっぱい握りしめていた。さっきまで軽く誘うつもりだったのに、第一声は少しだけつっかえそう。

「あのね、何か食べに行かない?」
「…………は?」
「あ、及川さんとまた会っちゃって!あの人本当に訳分からないし、話とか聞いて欲し……」

 焦って捲くし立てた言葉は、途中で息を吐くのを止めてしまう。だって目の前でこっちを睨んでいた筈の影山くんが。
 確かに眉間に皺が寄ったままだったけど、目を逸らして真っ赤になっていたから。そのまま固まってしまった影山くんの目の前で、手を翳してみたけど効果はなくて。

「影山くーん?」
「……きます」
「うん?」
「行きます、どこでも」
「そっか。おなか空いてるよね?」

 明後日の方を向いているから、追いかけるように体を曲げる。覗き込もうとした顔は、影山くんの大きな手で遮られた。

「止めてください。どうせアンタ絶対分かってない」
「痛……っていうか、何?」
「俺が勝手に、浮かれてること」

 大きな手をどけられて真っ先に目に飛び込んでくるのは、口を尖らせて不服顔のまだ顔が赤い影山くん。可愛いなんて言ったら、もっと怒られそうだから言えないけど。
 心の中でだけ思ってみる。大きいのに、可愛いところあるんだよね。

「えっと。影山くんがどう思ってるか分からないけど、私も楽しみだよ?」
「そ……っスか?」
「うん。じゃないと誘わないよ?」

 きっと私も真っ赤になっていると思う。それでも伝わったらいいなぁと思って言ってみた。部活帰りだし、デートなんかじゃない。
 それでも浮かれてしまうのは、もう止め様がないから逆らわないことにした。

「あ、じゃあ奢ります」
「ええ?いいよ!私が誘ったのに」
「こないだのテストの時のお礼、まだしてなかったし」

 テキパキと動き出した影山くんを見て、早く行きたいと思ってくれているのかなと都合良く解釈しちゃう。自分でもモップを取り出して、地面を見ながら言ってみた。

「じゃあラーメン。お腹空いてきちゃった」
「いっすねソレ。俺も腹減ってきました」

 昼間見た不機嫌顔が嘘みたいに、そわそわしている影山くん。良かったなぁと思いつつ、及川さんの話をしたらどんな反応をされるのかちょっと怖くなってきた。
 やっぱり話に出さない方が良かったかな。でも及川さんの件があったから誘えたと思うと、背中を押された気分になって。
 眩しい位に光る体育館の床をモップで往復しながら、及川さんへの苦手意識を少しだけ改善しようとあっさり掌を返したのだった。



***続***

20141112


[*prev] [next#]
[page select]
TOP