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不器用に一歩ずつ


 影山くんと喧嘩して(一方的に怒っていたとも言う)謝り合ったあと、一つだけ約束を取り付けられた。不満に思ったことは溜めずにちゃんと言うってこと。
 私は分かったと明言はしなかったけど、スッキリした顔をする影山くんに言いたいことが色々あり過ぎて否定なんか出来なかった。
 結局、及川さんのことって何だったんだろうとか。影山くんが好きだってことはまだ言えないとか。そんなことばっかりで。
 気付けば夏休みが始まっていて、バレー部の手伝いに行く時間も増えた。ただでさえバレー漬けの烏野バレー部の面々は、夏だというのに体育館に篭りきりのせいか真っ白だ。
 影山くんは新しいことに挑戦しているらしく、変わった練習方法を試していて。私でもお手伝い出来そうなことがあったから、谷地ちゃんと一緒にペットボトルを並べたりもした。
 おかげですっかり谷地ちゃんと仲良くなれて、話す機会も増えて嬉しい。反対に、平行線上に並べられたペットボトルに集中している影山くんに喋りかける勇気はなかった。

 正直に言うと、影山くんが悩んでいることは練習を見ていたら何となく察することが出来る。だって、ずっと日向くんと喋っていないから。
 元々練習中はストイックで無口な人だけど、練習も別々だし視線も合わせようとしない。でも、お互いに新しい試みをやっているってことは、きっと悪いことじゃない。
 これは確かに、私には関係ないと言うしかないなぁと納得出来てしまって。一人で拗ねた挙句に嫌な態度を取った数日前の自分を、周りの記憶から消してしまいたくなった。
しかも私、出会った頃に関係ないって影山くんに言ったくせにね。あれはまぁ、非難された上での正当防衛だと主張したいけれど。

「うううー……」
「なまえさん、おにぎりください」
「うわ、わ、はい!」
「……?なんスかそれ」

 ぼーっとお盆を持って脳内反省会を繰り返していた所為で、影山くんに気付くのが遅れたらしい。顔に刻まれた口の上と眉間の皺が、彼の不服さを物語っていた。
 それでもおにぎりを一つ、また一つとすごい勢いで体に収めていくのは圧巻もの。練習中の集中力がすごいからか、お腹が空くんだろうなぁ。
 あ、口の端に米粒を付けたままなのが可愛い。言ったらまた睨まれちゃうかな。

「影山くん、あの……」
「なまえさん」
「ふぁい!?」
「はぁ?何でそんな……まぁいいっスけど。今日は帰り、送るんで」

 言いかけておにぎりと一緒に飲み込まれていく言葉の続きを考える。本当は分かっているけど、分かってないふりをして。
 私やっぱり、変だよね。影山くんが好きと分かってから、接し方がぎくしゃくしている。夕を好きだった時は普通に出来たのに。
 だって夕は、私のことなんかちっとも眼中になかったから。こんな風に、真っ直ぐにぶつけられはしなかったから。あれ、何を?

「聞いてます?」
「えっと、聞いてる。けど」
「……けど?」

 一歩踏み込んできて屈んだ影山くんに、驚き過ぎて思わず後退した。眉毛なんか釣り上がっていて、目付きも怖くて。でも、本当はそれが理由じゃなくて。
 近過ぎるの!距離が。心臓の音まで聞こえそう。

「だぁぁぁぁ!しゅーりょー!」
「わわっ、夕?」
「偉いぞノヤっさん!超耐えた!」
「うわー、西谷は馬鹿だなぁ」
「でもそろそろ暑苦しかったんで、ちょうど良かったんじゃないですかぁ?」

 ニヤっと口の端を歪ませながら眼鏡を光らせる月島くんの言葉にはっとして、影山くんと私の間に割り込んできた夕越しに周りを見渡す。
 いつの間にか数メートル先で部員が固まっていて、いつから聞かれていたのか考えると顔が熱く感じて誤魔化せないと思った。

「夕の馬鹿っ!」
「なまえのアホー!俺のせいじゃないだろっ!」

 最初から八つ当たりと分かっている喧嘩は分が悪過ぎたけど、この場は夕と騒ぎ立てることで何とか乗り切ろうと思う。
 後で大地さんに怒られることと、夕にガリガリ君奢るのくらいは覚悟の上だから、許して欲しいと心の中で先に謝罪しておいた。



 あんな風に皆からかってくるけど、結局帰り道は二人だ。影山くんの自主練に付き合っていると、夏のこの時間でも日が暮れている。
 少しだけ意識的に空けたこの距離がもどかしい。二人で地面ばかり睨んで歩く沈黙に耐え切れなくなって、大きく息を吸い込んで吐き出した。

「また合宿あるんだね」
「はい、今度は一週間ですからね」

 バレーの話になるとやっぱり嬉しそうに顔をムズムズさせる影山くんが、私は好きだなぁと改めて思う。定位置のペットボトルを倒せた時のガッツポーズも。
 でも一週間全く会えないのは、ちょっと淋しいとも思う。なんて、我儘かな。

「たっぷりバレー出来るね!」
「あの」
「どうしたの?」

 足が止まってこっちを見てくる影山くんに、首を傾けながら一緒に歩みを止めた。また、昼間見た不服顔が張り付いていて。
 何かしてしまったかと胸がきゅっと苦しくなるんだ。

「なまえさんが嬉しそうなのは、嫌です」
「え……っと、影山くん?」
「俺はなまえさんとも会いたいですけど」

 ぶすっとしたまま言われたことを、上手く飲み込めない。都合よく解釈してしまったらどうしよう。勘違いして、止まらなくなる。
 胸の辺りの服を握りしめて、何とか落ち着けと念じてみる。顔を見つめ続ける余裕なんかなくて、鎖骨辺りを睨むように見ていた。

「あー、すみません。えっと、俺が思ったこと、言ってもいいですか?」

 私を気遣ってくれていると思える影山くんの言葉が柔らかく入ってくるから、やっと顔を上げることが出来た。不服顔はそのままだけど頬が赤い。
 そんな顔をされたら困ってしまう。聞かない訳にはいかなくて、ゆっくりと首を縦に振った。

「夏休みっていつもより部活やれる時間は長いし、いいけど。学校ないし、その……きっかけとか、分かんねーし、あの……あー、もう!面倒くせぇ」

 吐き捨てられた様な面倒臭いに、一瞬肩が震えたけれど。頬を掻きながら目線を逸らした後、やっぱり真っ直ぐに見てくれる影山くんに。
 もしかして、あの時の「関係ない」も、そんなに傷つくことなかったんじゃないかな、と今更ながら彼の不器用さを理解した。

「もっと会いたい……んですけど!」

 もの凄く上から凄まれながら言われたものだから、端から見たら異様な光景かもしれない。なんて真っ先に暢気な感想が浮かぶ。
 何も言わないでいる私を睨んでいたのは少しの間だけで、段々と落ち着かない手振りまで見せた影山くんに失礼ながら笑えてきた。
 ちょっと、ううん。かなり愛おしい。だから、偉そうな言い方をしてしまうのは許してね。

「宿題くらい、見てあげるよ」
「マジすか!」
「自分でやるんだよ?」
「……っす」

 自分でやれと言うと目に見えて萎縮していく影山くんに、やっぱり笑えてきてしまう。それを見て押し黙ったまま、バッグの紐を握った彼が再び歩き出した。
 後ろから覗く耳が真っ赤なのを見つけて、私も小走りでついて行く。私も二人で会いたいなって言ったら、どんな反応してくれたのかな。



***続***

20140819


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