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こっちの台詞


「なまえ、お前マジで大丈夫か?」
「ん。夕はバレーに集中しててよ」
「はぁ?顔真っ青な奴が人を気遣ってんじゃねーぞ!」

 結論から言えば、私は夕にすら隠す事をやめてしまった。隠し切れなくなったのだ。一方的な思い込みの所為で相手に怒り、さらには本人にそれをぶつけてしまって。
 その後の連絡すら出来なくて、気付けば何日も経っている。自分の不手際を隠す気力を絞り出すのも恥ずかしく、ただただ落ち込んでいた。

「お前、影山と何かあった?」
「……別に」
「あー、言っとくけどアレだぞ。影山がちょっとピリピリしてんのは色々あってなぁ!」

 夕の有り難いフォローも、刺々しい今の心境では右から左だ。直接何も伝えられていない、そもそも関係ないと言われた。
 その事ばかりが専攻して、どうにか懐柔しようと試みてくれる夕すら突っぱねてしまう。

「もう!いいから私の事はほっといて」
「したって顔酷過ぎ……」
「夕の馬鹿っ!」

 クラス中に響き渡る大声を出してしまって、恥ずかしさに勢いのまま飛び出した。どう見ても私が悪いけど、心の中で反論くらいさせて欲しい。
 いくら幼馴染で遠慮もいらないとは言え、顔が酷いってどういうことだ。しかも酷過ぎって何さ。そう思って手鏡を見てみると、親指に力を入れすぎてフレームが嫌な音を立てた。
 寝不足が続いた所為か隈が深く出来ていて、不健康そうな色をしている。これじゃ顔色が悪いと言われても仕方ない。
 それと同時に、鏡の前に立っても上の空でまともに顔を見ていなかったことに気付いた。これで洗顔とか歯磨きはしていた訳だから、習慣って恐ろしい。

 とりあえずビタミンを取らなければならない。そんな安直な考えから、自販機で100%オレンジジュースのボタンを連打した。

(今日は早く寝る。帰ったらすぐ寝る!)

 屈んで紙パックのジュースを取り出しながら、自分へ言い聞かせる様に決心を繰り返す。勢いよくストローを刺した所為で上昇してくる橙色の液体に、慌てて迎えに行って吸い付いた。

「なまえさん!」
「んぐっ!」
「あ……大丈夫、っスか?」

 頭から追い出したかった人物の声に、今度は紙パックを強く握りすぎて。咽て顔を上げないままでいたら、背中を摩られてしまった。
 前髪の隙間からのぞき見ると、影山くんは呆れ顔で眉間の皺を濃くさせている。尖った口元も健在で、何年も見ていなかった訳でもないのに懐かしさで目頭が熱くなった。
 不機嫌な顔と声とは裏腹に、背中に触れる手つきは優しくて。そのぬくもりが恋しくて嬉しくて、オレンジジュースの酸っぱさも緩和される。
 それでも無視をしていた気まずさから、一歩ずつ離れていく。前屈みのまま前進する私は滑稽だったのかもしれない。
 影山くんはわざとらしい咳払いをしながら、さも当然の様について来た。

「なまえさん。もう飲み干してますよね、ジュース」

 吸い込むとズズズと終わりの音がして、言い訳するのも虚しい。ちらりと首ごと後ろを振り返ると、不信感を隠しもしない顔がこっちを見ていた。
 一瞬目が合って、慌てて逸らす。すると追撃の長い溜息が聞こえてきて、名残惜しいけれどストローに別れを告げた。
 身構えていた肩を強く握られたのは一瞬で、簡単に反転させられる。向き合って見上げた影山くんは、いつも以上に我慢ならないという顔をしていた。
 沈黙にもこの距離感にも耐え切れず、自分が悪いと分かっているのに横柄な態度で切り返したのは私の方で。ああ、もう。全然勝てる気がしない。

「な、なに?」
「避けないでくださいって言っただろ!」
「私、承知したなんて言ってない!」
「及川さんとは何なんですか!」
「……はい?」
「あ、違っ!」

 影山くんの二言目は予想もしていなかった。及川さんと言われて、誰かと考えを巡らせてやっと思い出す。青葉城西のセッターさんだ。
 話の流れが思わぬ方向に転がったお陰で余裕が生まれて、肩から手を離してくれた影山くんにも安堵した。往来の邪魔だと道の端に寄って続きを促す。

「それで。及川さんがどうしたの?」
「やっぱ知って……」
「試合会場でちょっと。影山くんの先輩にどうかと思うんだけど、あの人苦手かも」

 思い出して、自然と体を摩っていた。何だろう、あの、見透かされている感じ。ちょっと観察されていただけなのに、結構よく見られていて。
 簡単に弱み握られそうな。そう思うと、あの綺麗な笑顔も怖いよね。

「苦手で良いです、ずっとそうでいい。寧ろ、もう近づかないでください」
「影山くんも、苦手だったり?」
「バレーに関しては尊敬してます、けど……すんごい性格悪いんで、あの人!」

 再び肩を痛い位掴まれて、ものすごく畳みかけてくる。鬼気迫る勢いっていうのは、こういう場面で使うのかなぁと他人事の様に考えた。

「影山くん、痛いよ?」
「すいません」

 それきり急に黙ってしまうから、何を言っていいか分からなくなる。気まずい。でも、今言わないとずっとこのままかもしれない。
 やっぱりそれは嫌だなって、思うから。

「私こそ、ごめんね」
「あ?」
「関係ないって言われたこと、根に持ったりして。当たり前なのに、ね?」
「いや、俺。言い方悪かったんで」
「それ言うなら、私も。ムキになって酷いこと言っちゃった」

 一言ごめんねと言えたら、後はもう、お互いに謝り合いの譲り合いだった。ここ数日間のモヤモヤも、影山くんのポツリポツリと言ってくれる言葉に流されていく。
 悩んでいたのは事実だったこと。関係ないというのはバレーのことで、どう話していいか分からなかったこと。今も、分からないでいること。
 悩んでいるという内容まで話してくれなかったけど、私は大袈裟に頷いているしかなかった。影山くんは天才だと聞いていたけど、やっぱり悩みだってある訳で。
 中学の時の経験から信頼関係に関しては過敏になっているのが感じ取れて、どうして気付いてあげられなかったんだろうと後悔した。

「本当にごめんね、影山くん」
「え、いや。俺が会いに行ったのに勝手な事言……」
「ううん、会えて嬉しかったよ」

 そうだ。私はあの日、会えると思ってなかったから単純に嬉しかったんだ。それで浮かれて、関係ないと言われたことが反動としてショックだった。
 力になりたいって思い上がっていたのかもしれない。いつだって同じ場所に立てない私には、見守るくらいしか出来ないのに。
 関係ないって知らしめられたら、やっぱり何度でも傷ついてしまうと思うけど。

「なまえさん、それは、ちょっと」
「え?」

 心の中で決意を固めていたせいで、正面の影山くんの顔を見ていなかった。声をかけられて見上げると、顔を左に逸らして口に手を当てて、耳まで真っ赤な顔になっている。
 相変わらず眉間の皺は刻まれているけれど、あまりの変わり様に驚き過ぎて声も出なかった。

「そういうの、反則なんで!」

 影山くんは言い捨てるみたいに告げたきり、校舎の方へ全力で走って行ってしまう。残された私にも顔の熱さが伝染して、紙パックをゴミ箱に投げつける手が乱暴になった。
 真っ赤になった顔を思い返すとすごく可愛くて。なにそれ、反則はこっちの台詞だよ。そうだ、教室に帰って夕にも酷いこと言ってごめんねって謝らなくちゃ。



***続***

20140727


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