×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




 最近の自分は感情の起伏が激しく、抑制するのが困難だ。唐突に泣けてきて、急に苛々して。物に当たりたくなるのを我慢して、地面ばかり向いて歩く。
 それでも周囲に悟られるのを恐れて、なまえは無理矢理笑っていようと決めた。夕にこのことを嗅ぎ付けられたら、影山に知られてしまうかもしれないから。
 影山に関係ないと言われたことが、自分の中で思った以上に大きいという事を。そしてそれは、自分の彼への気持ちが知られてしまう可能性を多いに孕んでいた。

(そんなの駄目、まだ駄目)

 いい加減この沈んだループからは抜け出したい。それには自分の気持ち一つだということを、頭の中では結論として導いている。
 バレーのことは詳しく分からない以上、影山が言った所で仕方ないと思うのは当たり前だ。何度も自分に向かって言い聞かせてきた言葉を、呪文の様に繰り返す。
 それでも他の誰か、例えば潔子だったら力になれたのか、と意識しだしたら止められない。頭で考えた綺麗事を心が突っぱねて、結局何も解決しないままだった。



「はぁー……」
「あれ?なまえが溜息とか珍しーい」
「そう?」
「そうだよ。歩きながらジュース飲んでるのも、珍しいけどね」

 にこにこと笑いかけてくれる友人の視線が痛いと感じる位には、最近の自分の態度は良くない。夕の前で笑っていようと努めるだけ、見られていない所での反動が大きい。
 今も行儀が悪いと承知の上で、廊下を歩きながら紙パックジュースのストローの先を噛んで弄んでいた。

(あっ!)

 外へと続く渡り廊下の先、見知った顔を見て思わず声を上げそうになる。きゅっと吸い込んだストローが、口の中に思わぬ量を運び込んで咽た。

「ちょっと!なまえ、大丈夫?」
「大丈夫。ごめん、平気……」

 大股でこっちへ向かってくる影山を出来るだけ視界に入れないように務めて、地面を睨みつけながら真っ直ぐに進む。相手もこちらに気付いている気がしたが無視をした。
 友人の話に相槌を打ちながら歩いているのに、距離が近づく度に感じる視線ばかりが気になる。それでも、自分から声をかける勇気はなくて。
 すれ違う瞬間、心臓の音は周囲に聞こえてしまうのではないかと思う程跳ね上がっていた。



 どうしていいか分からないのは、何も自分だけではなかったのかもしれない。そんな風に思えたのは、この日の夜に影山から電話がかかってきたからだ。
 だからこそ、逃げずに電話に出ようと思った。

「……もしもし」
(あの、今いいスか?)
「うん。何かな?」

 普通にしようと試みたつもりが、逆に余所余所しい態度になる。机に置いた鏡に向かって笑いかけてみたものの、口の端が不自然に上がっていた。
 電話越しに咳払いが聞こえる。その後に続く濁音を交えた唸り声は、強弱をつけながら徐々に言葉になった。

(あー、こういうの苦手なんで)
「うん。私もそうみたい」
(っスよね)
「……あは!」

 漏れた声に笑いが混じって、鏡を見ると眉毛を垂れながらも笑っている自分の顔がある。やはり、影山と自分ではこうなる。
 何事もスマートに事が運ぶなら、こんな風にはなっていない。

(あー、俺、何か怒らせました?)
「いや……別に?」
(でも、こないだから様子が)
「普通だよ」

 いくらか楽に吐き出せたのか、影山の声は尖ってはいなくて。そのことがなまえを少しだけ冷静にして、声でだけは否定することに成功した。
 それでも心中は穏やかでいられない。関係ないと言われてショックだったのは自分だけで、影山は気にも留めていないという事実に。
 この時改めて、なまえは思い知らされた。影山もまた、夕と同じくバレー馬鹿だったと。

(でもなまえさん、俺のこと避けてますよね?)
「そんな事は……」
(見てんの、気付いてましたよね?)
「そ、れ……」
(無視しないでください。辛いんで)

 言葉に詰まる。関係ないと言った同じ口で、無視はするなと言う。影山は素直な分、手厳しい。とっくに知っていた。
 なら、今傷ついている自分は何故か。簡単なことだ。

「私……」
(なまえさん?)
「私だって、辛かった!」
(……は?)
「もういい!関係ないんでしょ?」
(ちょ……っと、待)

 一方的に会話を終わらせて、携帯をベッドに叩きつけた。スプリングの利いたベッドの上で何度か跳ねて転がり、枕の上に着地する。
 それを睨み終えてから、涙が流れていることに気付いた。勝手に滴り落ちそうになる鼻水を、ズズっと吸って引き止める。
 相手に直接的なことを言わず、勝手に怒って会話を終わらせた。きっと影山には、何一つ本当のところは伝わらない。
 だから、辛いなんて言ってはいけなかったのに。先に言われて、どうしても我慢がならなかった。

(やだ、こんなの、知らない)

 こんな感情は知らない。夕のことを好きだった時は、傍にいられるだけでいいと思っていた。あの頃の自分は、卑怯だが無欲だ。
 ところが今の自分ときたら。影山に少し突き放されただけで、鮮明だった景色の明度が下がった様にさえ感じる。
 網膜に焼き付いて離れないのは、滅多に拝めない影山の穏やかな笑顔。それを向けられていた自分は、少しだけ特別かもしれないと思い込んでいた。

(もう、まともに顔なんか見られない)

 自分と影山では、喧嘩にすらならないらしい。なまえは自分の驕慢さと幼稚さに、呆れることしか出来なかった。



***続***

20140717


[*prev] [next#]
[page select]
TOP