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迷子の本音


 気が付けばそこに立っていた。そんな風に自分を誤魔化せるなら、それに流されてしまいたい。それでも子供のはしゃぐ声が、影山を現実に引き戻す。
 左腕に軽い衝撃が走って、後ろを振り向けば坊主頭の少年が泣き出していた。謝ってみたものの、すでに自分の声は相手には届かない。

(俺はここに来てどうするつもりだったんだ……)

 日向は現状に満足していないと言った。自分は今でも、現状を崩してまで時間がないのに試すことではないと思っている。
 それでも。ぶつかった頬や体中が痛いのは、真剣に向き合った証拠だ。相手が納得していないのに、これからも目を瞑ったまま信頼して腕を振り切れと言えるだろうか。
 中学の苦い経験を思い出して、このままで良い訳はないと考えた。

 子供たちは次から次へと体育館から溢れ出ていて、すでにイベントは終わっている様だ。どうするつもりだったのか自問自答したところで、全く検討もつかなかった。
 自分で絞り出した案は早々に底を尽き、途方に暮れても溜息の一つも出てこない。そんな時、聞き覚えのある声と見知った顔を見つけた。

「アッ?」
「ゲッ!」
「及川さん……」
「飛雄!」

 どうしてか、なんてことは考えない。露骨に嫌そうな顔をした相手に対して、影山は珍しく次の言葉を繋ぐ努力をし始めた。



 頭を下げてまで頼み込んで話を聞いてもらったものの、勢い良く殴られた気分だ。それも古傷を抉られる様な言葉付きで。
 全くもってこの人らしいと思う自分は、及川徹という人間に慣れすぎかもしれない。いい様に扱われて、携帯に写真まで収められたというのに。

「それが理解出来ないなら、お前は独裁の王様に逆戻りだね」

 地面を睨みつけたところで返す言葉もない。及川のチーム内での信頼度と実力の分だけ、言葉は重みをもって襲い掛かる。
 話は終わったとばかりに言い切られた気がして、これ以上の追求をしたくても出来ないでいた。日向の欲しいトスに応えられているのか、そればかりが頭を回る。
 しかし、そのまま立ち去ると思っていたはずの及川は、こっちを向いて再び喋りかけてきた。

「あ、そうだ。あの子は元気?」
「……は?」
「試合にも来てたじゃん。飛雄の彼女?」

 そう言われて、影山は意識して眉間に皺を寄せた。誰のことを言っているのか、皆目分からない。及川となまえに接点があるなど、露程も考えが及ばなかったからだ。
 影山が首を傾げて見せたところで、及川は長い息を吐き出す。その息で少しだけ、及川の前髪が揺れた。

「本当に彼女じゃないの?つまんない」
「いや、だから誰のことっすか?」
「じゃあ、リベロくんの彼女?」

 そう言われて、真っ先になまえの顔が浮かぶのが悔しい。目敏い及川のことだ。幼馴染二人の仲を見抜くのは簡単だったかもしれない。
 なまえのことは喋りたくない。でも、このまま彼女ということにしておくのはもっと嫌だ。そう頭で判断するのは、反射の速度と変わらない勢いだった。

「なまえさんは西谷さんの彼女じゃないです」
「へぇ、なまえちゃんって言うんだ」

 涼しい顔をして嫌な笑い方をする及川に、しまったと思ってももう遅い。ここからは喋れば喋るだけ、いらぬ情報を与えてしまう。
 いくら自分が及川に適わなくとも、それ位は分かる。この男の女性関係を詰問するつもりは毛頭ないが、信用が置けるかはあやしい。
 何か、別の話題に持っていった方がいいかもしれない。気付けば拳を軽く握りしめていた。

「それはもういいんでさっきの日向……」
「なまえちゃんさ、彼氏いる?」
「はぁ?そんなのアンタに関係ないじゃないですか!」

 大きな声で思わず反論すると、相手はにたりと笑っていて。黙っている横の少年までもが、先程とは打って変わって期待の眼差しでこっちを見てくる。
 謀られた。そして何でこうも、自分は同じ手を幾度となく食わされるのだろう。

「あっそ。じゃ、俺も関係ないし!」
「お、及川さ……」
「猛、帰るよ」
「待ってください、なまえさんはっ!」
「へぇ。いい顔するね、飛雄」

 さっきまでバレー一色だった頭の中が、じわじわと侵食されていく。どうして及川がなまえのことを知っていたのか、それすら予想の域を出ないのに。
 そもそも、自分は彼女の何だと聞かれて「後輩です」としか答えられない立場にいる筈なのに。他の男が興味を示すことすら、気に入らない自分に気付かされる。
 薄っすらと笑みと浮かべていても、及川の目は笑っていなかった。背筋から這い上がる寒気に、ぞわりと身震いして掴もうと伸ばした手を引っ込める。
 相手はそのまま踵を返し、歩き出してしまった。同情とも取れる目を向けてきた猛と呼ばれた少年の顔さえも、見るのは辛くて下を向く。

(くっそ、何だよ。何で……)

 今まで、影山が意識的に及川の話題に触れたのはあの試合の日だけだ。昨日なまえに会った時も、何も言ってはいなかった。
 及川は名前も知らなかったようだし、もしかしたらなまえは及川の顔と名前すら一致していないかもしれない。
 そう自分に言い聞かせることで、影山は勢い良く地面を蹴る。休みなんかいらないから、練習がしたい。何も考えなくて良くなる位に。
 そうでもしないと、また昨日の様に勝手に家まで足が向いてしまいそうだった。日向と喧嘩した後、孤独感に苛まれた時、真っ先に浮かんできたのはなまえの笑った顔だった。

(体育館、行ってみるか)

 何かをして欲しかった訳ではない。まとまらない暗くて醜い内心を曝け出すような、ややこしい話を聞かせたくもない。
 ただ、あの顔を一目見たかった。あの声を聞きたかった。本当は理由すら何だっていいから、早く会いたかっただけかもしれない。

(あー……バレーしてぇ)

 このどうしようもない気持ちも、ボールに触れている間は忘れられる気がして。影山は遠くの景色にガン付けながら、学校への道のりを急いだ。



***続***

20140703


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