何かお礼をするって言ってくれたから、もしかしたら案外すぐに会えるのかなぁって期待したり緊張したりしていたけど。
まさか、いきなりこんな風に目の前に現れるなんて思ってなくて。家の前で突っ立っている影山くんに、吃驚し過ぎて変な声を上げてしまった。
「か、げやまくん?」
「あ……なまえさん、何で?」
「何でって、此処、家の前だけど」
「えっあ!すみません、気付いたら、勝手に来てて」
そう言った影山くんの表情は少し柔らかくなったけど、さっきまでの横顔は何故かすごく険しくて。眉間の皺がいつにも増して怖かった。
どうしたんだろう。バレー合宿、昨日の電話から察するに楽しくて仕方ないって感じだったのに。何かあったのかな。
「今日、遅いですね」
「え?ああ。バイトで」
「あんまり遅いの、危ないです」
「うーん。影山くんも遅いね、今日合宿から帰ってきたんでしょ?」
そう言ってしまったことを、ちょっと後悔した。だって、影山くんの目が。私を見ているのに見ていないみたいな。余計なこと思い出させちゃったかな。
東京の学校は強豪ばっかりって言っていたし、何かあったのかもしれない。そう思ったら、緊張も色々考えていたことも消し飛んで、影山くんの鞄を引っ張った。
「なまえさん?」
「いつもの公園、行こう!喉渇いたなぁ」
「……はい」
先に歩き出してしまったのは数歩のことで、影山くんの長い足がすぐ追いつく。私のわざとらしい明るい声にもツッコミが入ることはなく、気まずいままで。
やっぱり影山くんの元気の源も落ち込むきっかけも、全てバレーのことなんだなぁって気が付いた。
自販機に小銭を投下しながら、どうしたらいいか考える。バレーのことは詳しくないし、話を聞いたところで力になんかなれないかもしれない。
でも、力になりたいって気持ちならある。それだけじゃ、駄目かな。影山くんにきつい言い方されて辛い時もあったけど。
私が逃げようとしたことから向き合ってくれたから。好きとか関係なく、何か悩んでいるなら力になりたい。
「お茶でいい?」
「あ、お金……」
「いいよ!前もらったもん」
「うす」
「ん、あれ……」
右側ばっかり見ていたし薄暗かったから、全然気付かなかった。彼の左頬に絆創膏が貼られている。しかも、服もちょっと汚れている気がする。
外灯に照らされたベンチで全体をまじまじと見ながら観察してみた。気のせいかな、鼻に詰め物している様に見えるんだけど。
「影山くん、喧嘩とか、した?」
「……っ!何でですか?」
「えっと、顔とか服とか」
「いや、喧嘩じゃなくて、多分。意見の食い違い?」
それを喧嘩って言うんじゃないのかな。私は夕とくらいしかしたことないけど、それにしたって絆創膏貼る様な事態になったことはない。
どうしよう。私、役に立たないかも。
「何か、すげー疲れて」
「……うん」
「頭の中ごちゃごちゃするし」
「そっか」
「難しく考えるの……苦手で」
「ああ、うん」
バレーの事以外は大体そんなイメージなんだけど、ここでそんな事を言う程馬鹿じゃない。影山くんに相槌を打ちながら、何が出来るか考えた。
やっぱり、話を聞くしか出来ないかなって。話を聞いて、さらに何か出来るかは分からないけれど。
「んで、気付いたらあそこにいて」
「えっ?」
「なまえさんいるかなって思ったら、本当に会えました」
相変わらずの不機嫌顔なのに、口の上に皺があるままなのに。そんな事を言う影山くんに何て答えていいか分からない。
そんなのズルイ。好きって意識してしまったからかもしれないけど、それは殺し文句だよ。なんて、言えないけど。
「そ、っか。そっか」
「はい」
そう言っている間に、遠くの方を見てまた目が険しくなっていく影山くん。そうだ、勝手にドキドキしている場合じゃない。
多分チームメイトと何かあって、辛かったり落ち込んだりしているんじゃないかな。顔は怖いけど、きっと影山くんなりに落ち込んでいるんだよ、ね?
そういう時に、私を思い出してくれるなら。それに応えたいし、ちゃんと話を聞かなきゃとも思う。
「えっと、何か、悩んでる?」
「あー、ハイ。でも、なまえさんには関係なくて」
「……っえ、」
「もう遅いですよね、送ります」
立ち上がった影山くんは、ペットボトルをゴミ箱に投げる。綺麗に放物線を描いたそれが、カランと音を立てて納まった。
その音が頭の中で響いて、私は立ち上がることも出来ない。関係ないって、ハッキリ言われた。つまり理由を聞いてくれるなってことだ。
私にはバレーのことは分からない。自分でもはっきりそう思った。だから、落ち込む必要も怒る権利も、全くないと分かっているのに。
嫌だな、どうして。視界がじわじわ滲んでくるの。力になれるなんて思い上がり。その考えが浮かんできたら、ますます涙に引っ込みがつかなくなる。
「なまえさん?」
「ごめん。私、しばらく此処にいる」
「じゃあ俺も……」
「影山くんは!先、帰りなよ。もう遅いし、早くお風呂入った方がいいと思うし」
格好悪いことに、顔を見ながら言うことは出来なかった。睨みつけている運動靴の紐が、何重にも見えてくる。情けない。
影山くんがなかなか去ってくれる気配がなくて、何か言わなきゃいけないと分かっているのに。手を胸元でひらひらと振って、バイバイを伝えることしか出来なかった。
***続***
20140626