×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


何もなくはないけど


 バレー部は一回目の東京遠征に行ってしまった。赤点を取った影山くんと日向くんは、遅刻して田中くんのお姉さんに送って貰ったらしいけど。
 私はと言えば、休みの日でバイトもないのに、悶々と考えてしまうのは結局影山くんのことだった。友達と服を買いに出かけたのに、影山くんはどんなのが好きだろうとか考えてしまって。
 夕のことを好きだった時は、そんなこと考えなくて良かった。夕の好みは知り尽くしているし、自分がその好みに掠りもしないと分かっていたから。

「買い過ぎた、かなぁ」

 自室で買った服を並べて、鏡の前で睨めっこ。前に着ていた服を可愛いと言ってくれたから、またスカートを買ってしまったけど。
 意識し出すと、顔を覆ってしまいたくなる程恥ずかしい。あの時の私は、どうやってそれを受け止めたんだろう。
 鏡の中で赤くなっていく自分は、別人みたいに大人しく見えた。

 ふとした瞬間、こうして鏡の前にいる時、寝る寸前とか。ゆっくりと染み渡る気持ちは、自覚をしつこい位に促してくる。
 私は本当に、影山くんが好きだったんだなぁ。

(うー、今度会ったらどうしよう)

 会ったのは図書館に行った日が最後で、好きって気付いてからはまだない。今まで通りに出来る自信がなくて、鏡に向かって笑う練習をしてみた。
 じわじわと恥ずかしくなってきて、鏡に拳をぶつけるとその痛さに蹲る。

(しかも、夕に指摘されて気付くとかホント、私って馬鹿なんじゃないかな)

 何が恥ずかしいかって、一番はこれかもしれない。自分でも分かっていなかった気持ちが、よりによって夕に勘付かれていた。
 しかも、こないだまで夕が全て!みたいに思っていたのに。ちょっと調子良すぎじゃないかなぁ。

「うわぁっ!」

 日が傾くのと並行して暗い気持ちになっていたら、鞄の中の携帯が震えて床に滑り落ちた。慌てて拾い上げると、今日一日頭を離れなかった人物で。

「……は、はい」
(なまえさん、今いいですか?)
「うん、うん!どうしたの?」

 影山くんはいつも通りの声なのに、私ばかり熱が上がっていく。助けを求める様に鏡へ目を向けると、耳まで赤いことを思い知らされた。

(なまえさん、何かありました?)
「何も!何もないよ?それより東京行ってるんだよね?どう?楽しい?」

 私の動揺を見透かされた気がして、声が上擦ったけど話題を振ることで誤魔化す。バレーが大好きな影山くんなら、きっとこれで大丈夫。
 効果の程は夕で実証済みで、案の定影山くんの電話越しの声は少し明るくなった気がした。

 梟谷学園グループって言うのは強豪の集まりらしく、烏野からすれば格上の相手みたい。影山くんは上手い人がいっぱいいることに興奮していた。
 それを聞いている内に緊張感も薄れていく。相槌を打ちながら、やっぱりバレーのことを考えている影山くんがいいなぁと思った。

「ふふっ」
(何スか、その笑み)
「だって楽しそうで。伝わってくるよ」
(遅刻した分取り戻さないと)
「そっか。でも送って貰って良かったね」
(ウス。冴子さんが送ってくれて……あ、田中さんのお姉さんで)

 冴子さんと呼んだ声に吃驚して肩が揺れる。私は会った事がないけれど、夕が話しているのを聞いたことがある。
 確か、すごく格好イイ感じの。きっと綺麗な人。

「知ってるよ!夕がカッコイイって騒いでるもん」
(あー……確かに。なまえさんは可愛いですけどね)
「……な、何を言うんだね、君は」
(何で変な喋り方するんですか?)

 そんな淡々と聞いてこないで欲しい。影山くんって本当に手厳しい。さらっと変な単語をほり込んでくるんだもん。

「からかわないで」
(それはもう一回聞きたいってことですか?)
「違っ!何、馬鹿!」
(……待ってください、切らないで)

 駄目だ。影山くんは夕と同じで読解力があまりない人だった。発言にイチイチ振り回されたら負けなんだ。きっとそう。
 そんなこと思いつつ、鏡の中の私は顔が緩み切っていた。だってしょうがない。す、好きな人に可愛いとか言われたら、嬉しいし。
 声が変にならないよう、浮かれているのが気付かれないよう、少し息を吐き出した後で返事をする。

「なに?」
(勉強みてくれて、ありがとうございました)

 私なんか何もしていないし、頑張ったのは影山くんなのに。律儀だなぁ。きっと関わってくれた人全員に、お礼言ったりしているんだろうな。
 あの、一心不乱でノートに書き殴っていた姿が頭の中で再生されて、噴出しそうになる。ちょっと可愛かったな。目付きはいつにも増して険しかったけど。

「うん。頑張ったのは影山くんだよ」
(今度お礼します)
「えっ?いいよ!そんなの!」
(俺がしたいだけなんで)

 こういう所は、出会ってからの印象が全く変わっていない。強引というか、有無を言わせない。彼の中で決まっている事項なんだ。
 それに、あの時は戸惑うばかりだったけど今は。今はそう言ってもらって、嬉しいって気持ちがあるから。

「じゃあ、楽しみにしとく」
(っ!ハイ)

 これくらいは素直に従っておくことにした。何故か姿は見えないのに、姿勢を正した影山くんが想像出来てしまう。
 あ、話している内にいつも通りになってきたかも。

(あー、あと、あの、なまえさん)
「ん、どうしたの?」

 そう思っていたのに、今度は影山くんが緊張している気配がした。いつもズバズバ物を言う彼なのに、よっぽどの事なのか。
 一つ咳払いをして間を置いてくるから、こっちもまた緊張が高まってしまう。寛いだ姿勢でいたのに、気付けば正座をして待機していた。

(俺、西谷さんに何かしました?)
「へっ?夕?」
(というか、なまえさんが西谷さんに俺の苦情とか、言ったりとか……)

 もごもごと口篭っていく影山くんなのに、私の耳はしっかりと音を拾う。バレーでは何ともなくて、原因が私くらいしか思い浮かばなかったって事かなぁ。
 夕が変なのだとしたら、私が影山くんを好きだって指摘されたことが原因?というか、それしかないよね、絶対。

「う、んー……大丈夫じゃないかな?多分」

 でもそれなら、理由を私の口から言う勇気はない。私は姿が見える訳でもないのに慌てながら、影山くんに根拠のない「大丈夫だよ」を繰り返すしかなかった。



***続***

20140619


[*prev] [next#]
[page select]
TOP