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自覚


 図書館から帰ったその足で、私は自宅に戻らず夕の家へと押しかけた。田中くんの家に勉強しに行っていた夕は、帰ってきて自室に篭っているらしい。
 おばさんはいつもと変わらず私を迎え入れてくれて、ニコニコしながらそう告げた。もしかしたら、もう仲直りしたって思われているのかもしれない。

「夕、入るよー!」
「はぁ!?なまえ?」

 こないだの反省を生かして、コンコンとドアをノックしながら「あけて」と懇願した。少し遅れて、部屋の中でバサバサと何か落ちる音がする。
 内側から迎え入れてくれた夕は、驚いて口を開けたままだった。

「……何で」
「な、仲直りしようと思って」
「っぷ、お前、馬鹿か」
「何でよぅ!」
「そんな緊張しながら言うことじゃねぇし。しかも睨みつけながら」

 顔を逸らして笑い出した夕を見て、はっとしながら自分の顔をペチペチ叩く。睨んでいたつもりは無かったけど睨んでいたらしい。
 確かに、これじゃあ謝る側の人間の態度じゃないかも。

「とりあえず、入れよ」
「う、うん」
「だから!普通にしろって」
「普通って何!私は普通だよ!」
「そうかよ」

 尚も笑うのを止めない夕に少々の苛立ちを覚えつつ、その背中についていく。勉強机じゃなく、テーブルの方にプリントや過去問が散らばっている。
 その真ん中にひたすら漢字を書き殴っている紙が鎮座していて、頭がぐらりと揺れた。本当に影山くんと同じことしている。

「……文章問題は捨てたのね」
「みなまで言うな!俺も辛いんだ!」

 小芝居で涙を拭うフリをした夕の頭を、思わずぐしゃっと撫でた。いつも私がしてもらうばっかりで、してあげる事の方が少ない。
 こんなに頑張っている夕を、今回は応援出来なかった。つまらない喧嘩で意地張って、やっぱり駄目だなぁ、私。

「ごめんね、夕」
「いや、その、俺も……」
「勉強も手伝ってあげれば良かった」
「ばっ!俺はやれば出来る!」
「うん、分かってる」

 小さい頃から、私のヒーローは夕だった。私が泣いていたら絶対助けにきてくれる人。大きくなって助けることも増えたけど、肝心な時に恩を返せない。
 今までだって、いつも。私は助けて欲しい時に、声に出さなくても助けてもらっていたのに。

「夕、大好き!」
「おうよ、あったり前だろ!」

 夕の考える好きと、私の想う好き。もうずっと違うと思ってきたけど、今は。ちゃんと面と向かって好きだと言える。
 胸も痛まない、じんわりと温かい。夕のこと本当に好きだった。だけど私、今は。大切な人に代わりはないけど、ね。

「でさ、こないだの答えは?」
「え?」
「だから!俺が聞いた質問の答え!」

 夕は喧嘩したことさえ無かったかのように、いきなり質問を浴びせてくる。顔を覗きこまれて瞬きを数回。私の頭が質問を思い出すまでに、時間はあまりかからなかった。
 質問って。つまり。私が影山くんを好きかどうかって話、だよね?

「で。影山のこと、好き?」
「……今は、分からない」

 こんな言い方、納得してもらえないかもしれない。私は確かに、影山くんといて楽しいと思う気持ちがある。好きかもしれない。
 でも、それは夕を好きだった気持ちを過去のものにする上で、寄りかかってしまっただけかもしれない。頭がこんがらがってきた。
 思えば、夕にそんなことを言われた後も考えない様にしてきたツケだ。私は考えるのを放棄していた。影山くんには、夕が好きだって最初の方から知られていたから。

 夕は煮え切らない私をみて、盛大な溜息を吐く。あ、これ。旭さんに駄目出しする時の顔にそっくりだ。ヤバイ。

「何だ、それ!なまえ、自分の顔を自分で見てみろよ」
「え、何?」
「分からないって顔じゃねーし!」

 そう言って引っ張ってこられた窓に反射して映るのは、自分でも嫌になるくらいに顔の赤い私。夕に窓際へ押し付けられるけど、その分自分の肘で押し返す。
 だってこんなの、こんな顔。絶対夕にバレている。というか、他の誰に見られたとしても、こんな反応したら好きって思われる。

「あ、う、あ……夕、どうしよ……」
「恋愛のことは俺に聞くな」
「れ、れんあ……っ!?」
「だ、なまえ!また赤くなったぞ」
「言わないでいいよ!」

 思えば恋愛初心者の私と夕に、この手の話がスマートに出来るはずもない。私達は無駄にあたふたしながら、深呼吸しろと言われて手を握りながら落ち着こうとする。
 駄目だ。意識し出すと急にドキドキして、全然まともじゃない。こんなことになるなら、影山くんと会えない。顔が赤くなって変な態度取ると思うし。

「私しばらく、部活行かない!」
「まぁ合宿あるしな。つか来いよ!潔子さんが心配するだろうが!」

 こんな時まで清々しい程潔子さん基準な夕が恨めしい。握ったままの手をぶんぶんと振り回されて、なすがまま宙で遊ばれる。
 こないだまで夕が好きで、こんなことされたら胸がズキズキ痛いって思っていたのに。我ながら都合良過ぎじゃない?

「あ……そっか」

 ぽつりと呟くと、妙に納得出来て体が落ち着きを取り戻す。影山くんは私がついこないだまで夕が好きだって知っていた訳で。
 あんなに泣いたり取り乱したりして、迷惑までかけてしまった。だから影山くんは私のこと、部活の先輩を好きなその先輩の幼馴染の人って印象だと思う。

「あ?何だよ?」
「ごめん!もう、大丈夫……」
「ったく。しっかりしろよ!」

 俺は助けてやれねぇからな?そう言って手を離した夕が、勉強を再開させる。私はその様子をぼんやりと眺めながら、胸に手を当ててみた。
 煩い位だった心臓の音が、ズクンと大きく鳴っている気がする。新しい痛みを感じながら、大丈夫と心の中で呪文の様に呟いた。



***続***

20140601


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