最近、夕の様子がおかしい。多分、私と友達が影山くんの話を教室でしていた日から。何だか怒っているみたいで、話かけ辛い。
こっちも後ろめたいというか、隠し事みたいにしちゃったから、態度が余所余所しいものになったのかもしれない。
何だか原因が良く分からない内にギクシャクしてきて。どうしたらいいのか、全然分からない。
「……という訳なの、縁下先生!」
「いや、全く分からないけど。西谷、怒ってる感じはないけどなぁ」
廊下で出会った縁下くんにそれとなく相談してみたものの、発端となった影山くんの話を出来ないものだから、モヤモヤが増すばかり。
要領を得ない話なのに、親身になってくれる縁下くんは優しいよ。
「うーん、直接聞いてみたら?」
「やっぱり?こういうの、苦手で」
「ははっ!なまえちゃんらしい」
「む、単純って思われてる?」
「そんなことないよ?」
自分から夕を避けてきた時期がある所為か、これ以上夕を避けたりしたくない気持ちもある。縁下くんに笑われたものの、難しく考えられないのも事実だし。
やっぱり本人に当たってみるしか、ないよね。
部活は邪魔しちゃ駄目だと思ったから、夕の部屋に突撃した。おばさんは快く通してくれて、キッチンからはいい匂いがしていた。
「夕!入っていい?」
「なまえ!?ちょっと待……」
「失礼しまーす!」
「待てよ!何だ、いきなり」
ドアを勝手に開けたら、ベッドに腰掛けたままの夕に迎えられた。いつもは手を挙げてくれるくらいはするのに。
やっぱり不機嫌だったりするのかな?
「ね、夕どうしたの?」
「あ?何がだよ!」
「何がって……感じ悪いじゃん」
言い返してくる夕は、既に怒り口調だけど。気付いているのかいないのか、身を乗り出してきた夕に睨まれる。
「……お前こそ、おかしいだろ!」
「な、何で?私の所為?」
ドア付近に突っ立っていたのに、思わずベッドの近くまで寄っていく。まるで私が悪いみたいじゃない。悪いことはしてないよ!
夕は私の言い方にたじろいだのか、横を向いて視線を落とす。そうしてしばらく床を睨んだかと思ったら、急にこっちを向いて。
私をはっきりと睨んだんだ。
「最近隠れてこそこそしてんだろ!」
「別にしてないよ、何の話?」
「……お前、影山のこと好きなの?」
「何でそうなるの!?」
夕が苦々しく切り出した言葉に、呆然とする。だって、こんなの。こんなのって無いよ。何でそんな話を夕がするの?
最近は感じていなかった黒いものが段々と溢れてくる感じ。嫌だな、もう感じなくなったとばかり思っていたのに。
夕はどうして、怒りながらそんなことを聞いてくるんだろう。幼馴染だから?寂しいから?
「だって、何か……」
「夕こそどうなの?」
「はぁ?何の話……」
「潔子さんに告白したらいいじゃん!いい加減聞き飽きたよ、さっさと玉砕してこい!」
言ってしまった。半分本音で、半分嘘。聞きたくないのは本当。でも、不幸を願っている訳じゃない。そんなんじゃ、ない。
「……お前、このヤロー!」
「野郎じゃないし!女だし!」
「屁理屈か!ガキじゃねーんだぞ!」
「ガキはどっち?馬鹿!」
「うるせーっ!」
枕やクッションを投げ合いながら、好き勝手にわめき散らす。昔はよくした。でも、最近じゃこんな派手な喧嘩は久しぶり。
二人とも本気になり過ぎて、ぜいぜい肩で息をしている。座り込んで、最後は悪口だけになってきた。
「夕の馬鹿!鈍感男!」
「なまえのばーか!無神経女!」
「何よぅ?」
「あん?やんのかコラ!」
お互いに顔を近づけて、睨み合いの一触即発。いつからか、息のかかる距離に夕が近づくのが耐え切れなくて、喧嘩しなくなったのを思い出す。
今は、割と平気だ。怒りでそれどころじゃないからかな?
だって、影山くんが好き?ふざけんな。私はアンタが好きだったんだっつーの!
「……夕なんか大っ嫌い!」
「こっちの台詞だ!帰れー!」
乱暴にドアを閉めて、階段を駆け下りる。玄関で靴を履く頃に、階下で様子を伺っていたらしい夕のおばさんが、また来てねーとのんびり言った。
小さい頃から、何回喧嘩しても元に戻っているから、もう慣れっこなんだろう。
(何アレ何アレ!無神経!最悪!)
頭の中でいくつ悪口を言っても、言い足りない位ムカつくけど。夕は全然おっかけて来ないし、私も戻ることはしないし。
今回の喧嘩は長引きそうだなぁ。そう思って長い溜息を吐き出す。
(何でいきなり、あんなこと。でも、私も変だよね……)
確かにムカムカしたけど、もっと傷つくかと思っていた。夕が好きだった筈なのに、泣きはしなかったな。今も、悲しくはない。
私は自分の感情も上手く整理出来なくて、ムカムカとモヤモヤな気持ちに挟まれながら、結局朝まで寝付けなかった。
***続***
20140429