×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


渦中に呑まれる


 授業の合間の休み時間に、夕が先生に分からない所を質問しに行くと教室を出た。私は嬉しくなって、つい大袈裟にお見送りしそうになる。
 真面目になって……!本当にバレーのことが絡むと平気で過去の自分を乗り越えちゃうなぁ。バレーって偉大だ。

「ねーねー、なまえ!」
「な、なに?」

 周りを見回しながら寄って来た友人に、何故か私まで警戒して小声で返事をしてしまった。何も悪いことはしていないのに。
 友人は口の端がニヤっと上がっていて、これから良からぬことを話します!と顔に書いてある。ミーハーな彼女のことだから、噂とか噂とか噂とかかな。

「ウチの部の後輩に聞いたんだけど」
「ああ、テニス部の?」
「バレー部の影山くんって知ってる?」
「ええ!?か、影山くん?」
「ちょっと!なまえ、声大きい!」

 知った名前が出てきて大声を出してしまった。私は誰が見ても挙動不審だと思う。心臓が急に早鳴りし出して落ち着かない。
 まさか。同じ学年の女友達から影山くんの名前が出ようとは、思ってもいなかった。

「ごめん。で、どうしたの?」
「後輩に聞いたら、格好良いらしくて!」
「か……っ?」
「うわ、なまえ!ジュース零れてる!」

 飲みかけの紙パックから、林檎ジュースが勢い余って飛び出した。思わずきつく握りしめてしまったことに、言われて気付く。
 すごく今更だ。影山くんが整った顔をしているのなんて、とっくに知っていた筈なのに。一つ息を吐き出して、落ち着く様に自分に言い聞かせた。

「はぁ。そうなんだ」
「なんかね、キリっとしてるらしいの!」
「キリっと、ね」
「身長も高くって、足も長くって!」
「ああ、確かにね」

 キリっとしていると言われればそれまでだけど、影山くんの場合眉間に皺が寄っていて、目付きが鋭いと言った方が正しいかも。
 けれど、身長に関しては事実なので頷いておく。友人が夕のいない間を見計らってこの話をしてきたのはコレだ。
 夕の前で背が高くって格好良い!なんて話したら、不機嫌になるだろうなぁ。

「ちょっとなまえ、聞いてる?」
「え?聞いてるよ!」
「今、思い出し笑いしたデショ」
「ああ、違うよ。夕が……」
「もーう!今は影山くんの話よ!」

 私の両手を包み込んで握ってくる友人の目が、ほんの数センチの距離まで迫ってきた。キラキラというよりギラギラ?
 獲物を品定めしている肉食動物のような、あまり怒らせてはいけない雰囲気を醸している。こうなるともう、止められない。

「会ったこと、あるんでしょ!?」
「それは、まぁ」
「格好いいの?どうなの?」

 どうやら友人は、前に教室まで来た子が影山くんだと気付いていない様だった。そのことに何故かほっとして、視線を逸らしながら考える。
 格好良いと言われれば、そうだ。けれど、影山くんの魅力がそこにあるとは思えない。

「う、うーん。人による、かな?」
「なまえの!主観で!」
「え、ええ?格好良い、かなぁ?」
「曖昧模糊!」
「わぁぁ!ごめんってば」
「もっと頂戴!影山くん情報!」

 尚も体重をかけて迫ってくる友人に、押しつぶされそうになりながら謝る。何時の間にか大声になっているのは友人の方で、いくつかの目がこちらに向いている。

「ちょっと、重……」
「なぁ、流石に止めてやってくんねぇ?」
「わ、わぁ!西谷くん!」
「大丈夫か?なまえ」

 私の頭をぐっと掴んだのは夕で、相変わらず体の割に手が大きいと思う。乱暴に見える動作も、手つきが優しいから怖くはない。
 それにしても、いつ戻ってきたんだろう。後ろから現れるから、全然気付かなかった。

「うん、ありがと」
「で?影山が何だって?」
「「えっ?」」

 がっつり名前まで聞かれていたことに二人して焦った。腕組をして仁王立ちした夕が、じっと私達を睨む。
 慣れている私はともかく、友人がこの目力に対抗するのは些か荷が重かったらしい。指を胸の前で捏ね繰り回して、おずおずと喋りだした。

「あー……後輩がね、1年生に影山くんって子がいるって」
「ちっ!背が高いからか」
「ああ!でも、西谷くんの方が男前だよ!なまえだって格好良いかなぁって疑問系だったし!」

 言い訳の様に付け足された言葉に、目を見開いてこっちを見てくる夕。私は目を背けたくなって、友人の制服の裾を引っ張った。

「ちょっと!私、別に……」
「さっきだって、影山くんの事聞いてるのに夕がー!なんて言い出すし!なまえってば本当に……」
「ああ、そうかよ」

 夕の目付きに、冷たいものを感じて背筋が凍る。私は息を短く吸ったきり何も言えずに、夕が再び教室を出て行くのを黙って見ていた。
 友人も吃驚していて、私と夕を交互に見るのに忙しそうだ。訳の分からない焦りだけが、何処かに蓄積されていく。

「ね、ね、私まずいこと言った?」
「ううん。違うと思う、よ?」

 だって夕には関係ない。私が誰を格好良いと思たって。例え、誰を好きになったとしても。私だって散々聞いてきたんだし。
 そう思うのに、この胸のつかえが取れることは無くて。教室が徐々に騒がしさを取り戻しても、私一人、嵐の中に身を置いているようだった。



***続***

20140423


[*prev] [next#]
[page select]
TOP