授業の合間の休み時間に、夕が先生に分からない所を質問しに行くと教室を出た。私は嬉しくなって、つい大袈裟にお見送りしそうになる。
真面目になって……!本当にバレーのことが絡むと平気で過去の自分を乗り越えちゃうなぁ。バレーって偉大だ。
「ねーねー、なまえ!」
「な、なに?」
周りを見回しながら寄って来た友人に、何故か私まで警戒して小声で返事をしてしまった。何も悪いことはしていないのに。
友人は口の端がニヤっと上がっていて、これから良からぬことを話します!と顔に書いてある。ミーハーな彼女のことだから、噂とか噂とか噂とかかな。
「ウチの部の後輩に聞いたんだけど」
「ああ、テニス部の?」
「バレー部の影山くんって知ってる?」
「ええ!?か、影山くん?」
「ちょっと!なまえ、声大きい!」
知った名前が出てきて大声を出してしまった。私は誰が見ても挙動不審だと思う。心臓が急に早鳴りし出して落ち着かない。
まさか。同じ学年の女友達から影山くんの名前が出ようとは、思ってもいなかった。
「ごめん。で、どうしたの?」
「後輩に聞いたら、格好良いらしくて!」
「か……っ?」
「うわ、なまえ!ジュース零れてる!」
飲みかけの紙パックから、林檎ジュースが勢い余って飛び出した。思わずきつく握りしめてしまったことに、言われて気付く。
すごく今更だ。影山くんが整った顔をしているのなんて、とっくに知っていた筈なのに。一つ息を吐き出して、落ち着く様に自分に言い聞かせた。
「はぁ。そうなんだ」
「なんかね、キリっとしてるらしいの!」
「キリっと、ね」
「身長も高くって、足も長くって!」
「ああ、確かにね」
キリっとしていると言われればそれまでだけど、影山くんの場合眉間に皺が寄っていて、目付きが鋭いと言った方が正しいかも。
けれど、身長に関しては事実なので頷いておく。友人が夕のいない間を見計らってこの話をしてきたのはコレだ。
夕の前で背が高くって格好良い!なんて話したら、不機嫌になるだろうなぁ。
「ちょっとなまえ、聞いてる?」
「え?聞いてるよ!」
「今、思い出し笑いしたデショ」
「ああ、違うよ。夕が……」
「もーう!今は影山くんの話よ!」
私の両手を包み込んで握ってくる友人の目が、ほんの数センチの距離まで迫ってきた。キラキラというよりギラギラ?
獲物を品定めしている肉食動物のような、あまり怒らせてはいけない雰囲気を醸している。こうなるともう、止められない。
「会ったこと、あるんでしょ!?」
「それは、まぁ」
「格好いいの?どうなの?」
どうやら友人は、前に教室まで来た子が影山くんだと気付いていない様だった。そのことに何故かほっとして、視線を逸らしながら考える。
格好良いと言われれば、そうだ。けれど、影山くんの魅力がそこにあるとは思えない。
「う、うーん。人による、かな?」
「なまえの!主観で!」
「え、ええ?格好良い、かなぁ?」
「曖昧模糊!」
「わぁぁ!ごめんってば」
「もっと頂戴!影山くん情報!」
尚も体重をかけて迫ってくる友人に、押しつぶされそうになりながら謝る。何時の間にか大声になっているのは友人の方で、いくつかの目がこちらに向いている。
「ちょっと、重……」
「なぁ、流石に止めてやってくんねぇ?」
「わ、わぁ!西谷くん!」
「大丈夫か?なまえ」
私の頭をぐっと掴んだのは夕で、相変わらず体の割に手が大きいと思う。乱暴に見える動作も、手つきが優しいから怖くはない。
それにしても、いつ戻ってきたんだろう。後ろから現れるから、全然気付かなかった。
「うん、ありがと」
「で?影山が何だって?」
「「えっ?」」
がっつり名前まで聞かれていたことに二人して焦った。腕組をして仁王立ちした夕が、じっと私達を睨む。
慣れている私はともかく、友人がこの目力に対抗するのは些か荷が重かったらしい。指を胸の前で捏ね繰り回して、おずおずと喋りだした。
「あー……後輩がね、1年生に影山くんって子がいるって」
「ちっ!背が高いからか」
「ああ!でも、西谷くんの方が男前だよ!なまえだって格好良いかなぁって疑問系だったし!」
言い訳の様に付け足された言葉に、目を見開いてこっちを見てくる夕。私は目を背けたくなって、友人の制服の裾を引っ張った。
「ちょっと!私、別に……」
「さっきだって、影山くんの事聞いてるのに夕がー!なんて言い出すし!なまえってば本当に……」
「ああ、そうかよ」
夕の目付きに、冷たいものを感じて背筋が凍る。私は息を短く吸ったきり何も言えずに、夕が再び教室を出て行くのを黙って見ていた。
友人も吃驚していて、私と夕を交互に見るのに忙しそうだ。訳の分からない焦りだけが、何処かに蓄積されていく。
「ね、ね、私まずいこと言った?」
「ううん。違うと思う、よ?」
だって夕には関係ない。私が誰を格好良いと思たって。例え、誰を好きになったとしても。私だって散々聞いてきたんだし。
そう思うのに、この胸のつかえが取れることは無くて。教室が徐々に騒がしさを取り戻しても、私一人、嵐の中に身を置いているようだった。
***続***
20140423