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音無き予兆


 バイトのない放課後、前みたいに体育館に顔を出すようになった。用事のない日も私が来ることに夕は少し驚いていて、不審がっていたけど。
 潔子さんにマネージャーの件を断ったし、それでも顔出してって言われたからだと説明したら、途端に納得したのは彼らしい。

「こんにちはー」
「ちっす!」
「チワーッス」
「なまえちゃん、来てくれたんだ」
「潔子さん、こんにちは。何か出来ることあれば手伝いますよ」

 今日は体育があったし、念のため体操服に着替えておいた。潔子さんはドリンクを作っていたらしく、両手の駕籠には大量の飲み物。

「ふふ、助かる」
「影山ぁ!今サービスエース狙わなくていいんだよ、ゴラァ!」

 烏養コーチの怒声が鳴り響いて、体育館中に木霊する。ジャンプサーブのレシーブ練習だったの、かな?でも正確に誰を狙って打つとか、難しいと思うんだけど。

「いつもより気合入ってるなぁ、影山」
「ち、違っ!」
「全く、王様分かり易過ぎるよね」
「……何のこと?」
「さぁ?」
「……」

 潔子さんから変なこと言われたせいか、気合入っているって言葉に過敏になってしまう。私が来たからとか、そんなことある訳ないのに。
 勘違いとか恥ずかし過ぎる!なのに、その考えが頭の片隅からは追いやれない。

「おし、10分休憩!水分補給怠るな!」
「「「ウィーッス」」」
「……っ」

 皆がゾロゾロとこっちにやってくるから、何となく一歩下がってしまった。皆汗がすごい。練習の熱量が伝わってきて気圧される。
 すごいなぁ、烏野はどんどん強くなっていくと思う。そしてそれをサポートする為にも、しっかりとしたマネージャーさんが入ってくれるのは必要な事だと思う。

「あ、なまえちゃん」
「旭さん、こんにちは」
「サンキュね」
「いえいえ」
「……どうも」
「っ!」

 1年生の月島くんが、ニヤニヤとした目で見てくる。しかも私を見たすぐ後で影山くんを見るから、影山くんがとんでもない顔つきで睨んでいるのに。
 本人にはそれも効き目がないのか、口角を上げて笑っているだけ。含みがあるって分かってはいるけど、つっかかることも出来なくて。
 なんかちょっと……うん。

「ね、夕。アレ止めなくていいの?」
「……」
「夕?」
「あ?龍が止めるって。大地さんが怒り狂う前に!」

 月島くん達の方を睨む夕の横顔に違和感を覚えて、首を傾げてみたけれど。夕は私の頭を乱暴にかき混ぜて、顔も見せてくれなくなった。

「そういや、今日の昼さ」
「あ、マネージャー(仮)が来たんだよ!」

 夕に顔を背けられて、私はどんな顔をしてしまったんだろうか。縁下くんと木下くんが気遣ってくれるのが分かった。
 だから、意識して笑顔で取り繕う。

「え、見たかったなぁ!」
「すぐ会えるよ」
「わー、楽しみ!」

 その間も夕の方を見たけど。帰る頃には普通に戻っていて、いつも通りで。結果から言うと、話を聞くタイミングを与えて貰えなかった。



 お風呂から上がった後も悶々とベッドに転がっていると、机の上に置いたままだった携帯が震え出す。夕かもしれないと飛び上がったら、相手は違っていて。

「ハイ、もしもし?」
(あ、すみません。夜遅くに……)
「どうしたの?何かあった?」

 影山くんはどうやら、メールがあまり好きではないらしい。こないだ呼び出された時も電話だったし。

(あのー……あー……)
「ん?」
(マネージャー!)
「え?」
(新しく入りましたけど……)
「あ、そうだね、良かったね!」

 おめでとうって言った方がいいのかな?潔子さんは3年生で影山くんたちは1年生だから、同じ学年の子がマネージャーの方がいいかも。
 それに今だって二人いる方が、1年がやる雑用少なくて済むしね。

(あの、また部活来ますよね!)
「え……?」
(マネージャーになってくれなくても、また来て下さい)

 いつかの潔子さんの言った言葉が、私の頭の中でうねりを上げて再生される。気合入るって本当なのかな?

(なまえさん?)
「う、あ!あ、何?」
(来ますよね?)
「うん。バイトない日とか」
(聞きましたから。忘れないでくださいよ!)

 半ば脅迫めいて聞こえるのは、影山くんの強引さを分かってきたからかもしれない。そんなことより勉強しているかと聞いたら、急に大人しくなって切れた。
 本当は夕のこと、気になってはいたけど。あんな風に言って貰えて嬉しいのも事実だから。心が落ち着いていくのを感じる。
 我ながら単純だなぁと呆れつつ、今日はもう考えるのを止めて眠ってしまおうと思った。



***続***

20140415


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