私も前向きにいこう!そう思っていたけど心にひっかかりがあったのは、とっくに気付いていた。そしてその原因も。
次の日、朝早い時間に携帯が鳴って、短い息を吐き出してから電話に出る。内容はいつものように、今日会いたいんですけどという直球のもの。
私は分かったと言って、6限終わりの休み時間を指定した。放課後だと部活に遅れちゃうかもしれないから、その前の方がいいかと思って。
いつものように中庭の自販機前。どんな顔をしているのか予想がつかなかったけど、影山くんは結構すっきりとした顔をしていた。
「すみません、呼び出して」
「ううん、こっちこそごめんね」
「応援来て貰って、御礼言ってなかった、です」
今更礼儀正しくかしこまる影山くんに、吃驚してしまったのは許してね。私はそんなことないよと言うつもりが、顔を振るだけになった。
「なまえさんの応援、すげー力になったのに。勝てなくて……」
「や、違うよ!それは違う」
「でも俺、自分のことで頭いっぱいで。あの瞬間は忘れてました、すいません」
こういう時まで正直で真っ直ぐな影山くんに、ただただ羨ましいと思う。唇を噛み締めて、地面を睨みつけて。
こんなにも負けると悔しくて、夢中になれるものに。私は出会ったことがない。
「すごいね、バレーも影山くんも」
「は?」
「悔しいよね。あと少しだったし」
「……っ!もう、あんなトスはしません」
私よりずっと大きい背中が、縮こまって小さく見える。いつもより近くに晒されている頭の前方に、手を伸ばすと届いた。
影山くんは一瞬肩を震わせたけど、そこから動かない。私は置いた手をどうするか迷った挙句、前後に髪を掻き分けるように混ぜてみた。
「……あの」
「大丈夫?」
「これ……西谷さんにもしましたか?」
これって頭なでなでのこと?そう意識すると、少し恥ずかしさを覚えるけれど。夕のことを聞かれると、早く答えなきゃとも思う。
「ううん。夕はもう次の目標に向かってた。そういう所、すごく強いんだ」
夕は悔しさを自分の内で昇華出来るから、私の助けなんか必要ない。そこは昔から変わらない。何かあった時、慰めてもらうのはいつも私だった。
起こしに行った今朝だって、結局もう起きていたしね。私が決死の気持ちで窓を渡ったのに。まぁいいけど。
「あ、影山くんが駄目ってことじゃないの。夕は私に弱いところはあんまり見せてくれないんだ。特別じゃ、ないし」
スラスラと出てきた言葉に、傷つくことはなかった。全部本当のことだから?それとも。影山くんが見せてくれた弱さを、特別なことだと感じるから?
「俺も……誰にでも、は、無理です」
「……っ!」
「でも、慰めてもらっておいてなんですが、バレーに触れたらまた悔しくなったり、します」
照れたように告げられた言葉に、嬉しくなった私はおかしいかなぁ。それってすごく普通のことだ。そしてその普通が、共有出来て嬉しい。
「分かる!私も何回もすごく些細なこと、思い出したりする!」
「寝る前に思い出したら、なかなか寝付けなかったり……」
「そうそう!布団の中で恥ずかしくなってゴロゴロしたりね!」
「……っすね」
「だよね!」
こんな背の高い男の子。バレーが上手で、目付きは怖くて。私と似ているところなんかないと思っていたけど、すごく近くに感じる。
思わず顔がにやけていたと思う。手を離すと、影山くんはあの、少し柔らかな笑みを浮かべていた。
「俺にとって、なまえさんは特別です」
「……え?」
「あざす!戻ります」
「え、え?あの、」
姿勢を正されて上を向かれると、影山くんの表情は見えなくなる。背筋をピンと伸ばしているなぁと思っていたら、今度は綺麗に折り畳まれた。
さっき見えそうで見えなかった旋毛が良く見える。重力に従ってさらっと降りてくる黒髪は、手触りの良さを思い起こさせた。
「遅くなってすみませんでした」
「いや、それは全然構わないけど……」
テキパキと行動する影山くんに、ついていくのがやっとで。私の聞き間違い?特別って、何のこと、どういう意味?
言いたい言葉が浮かんでは消え、結局口から滑らない。
いつもより少しだけ早足な速度。それに必死で追いつこうとして、心臓が早鳴りする。頬も熱い気がするし、思考が有り得ない可能性を示唆しては、否定を繰り返してうまくいかない。
「か、げやまくん!」
「何スか」
振り向いてくれないし、距離はどんどん開いていくし。少し叫ぶ感じになったのは、聞こえないと思ったからで。
悪意なんて全くなかった。
「また、見に行っていい?」
「当たり前じゃないスか」
「……っ、うん」
立ち止まって振り返った影山くんが、やんわりと笑う。それを見ていると心が少し軽くなる気がする私は、単純かもしれない。
特別の意味は、まだ聞く勇気がないけれど。
***続***
20140228