昨日の反省を全く生かせないまま、今日も早めに着いてしまった。どうしようかと辺りを見回している私は、余程挙動不審だったのか。
少し遠くから、男の人に声をかけられてしまった。
「あれ、君さぁ!」
「……はい?」
指さして言われているのが自分だと分かって、慌てて返事をした。うわぁ、綺麗な人!でも、髪型のセットが大変そうだな。
相手はにっこりと笑うと、ちょいちょいと手招きしながらも近づいてくる。一体誰?私、何か変なことをしてしまっただろうか?
「昨日、烏野の応援してた子だ!」
「え?あの?」
「第一試合開始のかなり前からいたよね!誰かの家族、とか?」
ものすごくフレンドリーに笑いかけてくるのにつられて、返事をしようとした矢先。目線を落として飛び込んできたのは、青葉城西と書かれたジャージロゴ。
「青葉城西……」
「そ!あ、警戒しないで?俺、影山飛雄クンの中学の先輩なんだよねー」
不審な目を向けたにも関わらず、にこにことしたままの相手は尚恐ろしく感じた。夕ならこういう時、食えない相手には威嚇しろ!だっけ?
いや、私は流石に初対面の相手に噛み付いたりしないけど、あんまり関わりたくない。影山くんの中学の先輩ってことは、北川第一の人ってことだし。
申し訳ないけど、コート上の王様って渾名の由来聞いちゃったら、北川第一のイメージが勝手に悪くなってしまった。
影山くんも問題あったのかもしれないけど、私は今の影山くんしか知らないから。
「すみませんが……」
「ねぇ、誰の応援に来たの?」
「……あの、」
「もしかして、飛雄?でもあのリベロと知り合いっぽかったよね?」
いきなりのことに口はおろか、表情も固まったと思う。この人は昨日、本当に私を見かけたなんてもんじゃなくて。
文字通り一通り観察されていたみたいだ。その視線の先までも。それって恥ずかしい、とんでもなく恥ずかしい。
「貴方、一体……」
「あはは。可愛い女の子が一人で応援してるの、目立つよ?監督に試合見ろって言われたけど、君見てる方が面白かった!」
笑って凄いことを言う彼に、私は恥ずかしさがさっと引き上げていくのを感じた。この人、すっごく変!失礼なことを言っている自覚なんて無さそう。
「わ、私が誰を応援しようと……」
「飛雄の応援なんかやめて、次の試合は俺を応援してくれてもいいよ?」
とんでもない言い草に、その悪びれない表情に。私は頭が混乱し過ぎて、場違いな記憶を呼び起こす。確か、昨日影山くんが言っていた。
すんげー性格悪い人。
「もしかして、及……」
「オイ!グズ川!」
「ぎゃ!岩ちゃん!悪口を大声で言うのはやめて!」
後ろからの声で続きが遮断されて、私は正直ほっとした。当たりだ。多分この人及川って人だ。県内で一番のセッター。
そして影山くんの先輩で、私の感じたところによると彼は性格が悪いというよりも。
「……性質悪い」
「何か言った?そう言えば、名前は教えてくれないの?」
綺麗な顔。優しい声。人当たりの良さそうな笑顔と仕草。きっと女の子に人気で、本人にもその自覚があるんだろう。
でも、別に私に興味がある訳じゃない。彼の興味のあり所は、多分。
「影山くんのこと、そんなに気になるんですか?」
「……っ!敵をよく知るって悪いことじゃないんだよ?」
「早くしろ、及川!」と後ろから怒鳴り声が聞こえて。「ごめん、すぐ行く」と及川さんは応えた。終わりが見えたこのやり取りにホッとする。
それでも相手は再び私へ向き直って、にっこりと笑って立て直してきた。
「及川徹。彼女ならちょっとからかってやろうかなーって思ったけど、違うみたいだしそれはいいや。名前、教えて?」
あんまりな言い方に口が開いてしまった。私の予想は外れてはいなかったけど、改めて相手の口から聞くと身も蓋もない。
それに全然引き下がってくれそうにもない。
「彼女とかでは全く無……」
「でも、すっごく見てたよね!」
「……なんで」
「あんまり必死だったから、面白くて!表情くるくる変わるね」
だからからかったら楽しそうだとでも言いたいんだろうか。何か段々腹立ってきた。でも腹立たせるのが目的かもしれない。
きっとこんな感じで影山くんもからかわれていたんだ。この人苦手。ちょっとしか知らないけど、すごく苦手!
「怒られるし、行った方がいいですよ」
「んー……じゃあ、こうしよう!俺たちが勝ったら、名前教えてね?」
まるで決まり事みたいに楽しみって呟いた及川さんが、目の前で翻る。彼の名前は教えてもらったし、名前くらいと思ったけれど。
負けることなんか想定していないって態度なら、絶対教えてやるものかと考えを改めた。
(烏野の皆、頑張れ……!)
そりゃ、烏野は人数も少ないし全員ベンチ入りしているから、私一人で応援していたら目立つかもしれないけど。
だからって好き放題観察されて、勝手な憶測で面白がられていい筈はない、多分。
私は応援席に向かいながら、見たこともない影山くんの中学時代の苦労を偲んだ。
***続***
20140212