試合会場を見渡せる席につくと、午後の試合の所為か人は少なくなっていた。それでも、青葉城西……というか、及川徹の応援をする女子の声が目立つ。
くっそー、正直羨ましい。バレー上手くて、背が高くてモテるって何だよ!女子独り占めは良くないと思うぜ、俺は。
「なぁ、龍!」
「おう、ノヤっさん!モテるヤツは敵!」
「お前等恥ずかしいからウチのジャージ着てそんなこと叫ぶなよー、見るのに邪魔だから座るか端に寄れ、な?」
のんびりとした口調なのに、スガさんの言葉は圧がかかっている。ぞろぞろと立ち尽くしていた俺達二年も、試合を目で追いながら移動した。
「やっぱ強いなぁ、あっさり一セット目取ったな」
「隙がない感じだな……」
皆が試合展開に釘付けになる中、俺は横目を滑らせて階段付近を確認する。影山は、まだか。別にもうすぐ来るだろうけど。
「西谷、そんなに心配なら様子見てくれば?」
「……なっ!力!俺は別に全然気にしてねー!」
「西谷、うるさいぞ」
「すみません……!」
一層優しい顔を向けてくる力を睨む。畜生、何だってバレたんだろう。俺がなまえを心配し過ぎるのは、今に始まったことじゃないけど。
反対側から顔を出してきた龍までもが、ニヤニヤしてきて腹が立つから肩パンしておいた。
「でも、意外だったな」
「あ?何がだよ?」
「なまえちゃん、影山に任せてきて。今までなら上手く寄せ付けなかったのに」
力は最後まで口にはしなかったけど、言いたいことが分かってすげー恥ずかしい。それをなまえに言わないでくれる力には、本当に感謝だな。
「まぁ、なまえは気にしてたみたいだし、それに影山も……ちょっと人に話して吹っ切った方がいいかと思って」
俺がそう言うと、今までソワソワしていた龍まで顔を引き締めた。皆、何となく俺と同じことを考えているんだ。
影山は中学時代の有り難くない渾名に囚われ過ぎだ。あと、及川徹にも拘りがあるような気がする。勘だけど、俺の勘は結構当たる。
でもそれじゃ困る。スガさんを押し退けてまで君臨する烏野の正セッターの座は、感傷に浸ったままでいられる程軽い場所じゃねぇ。
「ノヤっさぁぁん!俺は感動した!」
「は?何でだよ!」
「自分の感情を押し殺してまで後輩の為に!なんちゅー器のでけぇ先輩だよ!」
格好いいぞ!とか何とか繰り返す龍に、おうよと返事しながら考える。
別に俺はなまえを束縛したい気持ちなんかないけど。まぁ、幼馴染みだし?アイツの悲しむ顔は見たくないとは思うから。
明らかに変な男はオニイチャン認めねぇけど。というか、俺が彼女作るよりアイツの方が先に彼氏出来るのは癪っていうか。
「だぁ!別に俺は……」
「すんません!遅くなりました!」
タイミング良く影山が現れて、烏養さんが試合に視線を当てたまま生返事をする。試合は第二セットが始まったところで、早い段階から青城が大きくリードを拡げていた。
「遅いぞー、影山」
「……スイマセン」
「はぁ?何でそんなソワソワしてんだよ!キモい!」
そんな簡単なことが分からないなんて、龍は馬鹿だなぁと思う。なまえは色気もなければおしとやかさの欠片もないけど、人を元気付ける能力はピカ一だ。
いつだって単純明快、一番欲しい言葉をくれる真っ直ぐなやつだから。
「おう!影山!」
「……はい」
「今は烏野の影山だからな!明日も勝ぁつ!」
俺も頑固なところあるし、偉そうなことは言えないけど。なまえの馬鹿みたいに信じる力に、引き摺られるってことは有り得る。つーか、ある!
何年間も、俺の自信の裏付けをくれていたなまえを、俺はここぞという時に頼りにしているから。そんでもってしつこい様だけど、俺の勘は当たる。
後ろを振り向くと、皆笑っていた。あ、月島はどうでも良さそうな顔していたけど、それは見なかったことにする。
影山は一瞬きょとんとした顔をして、それから顔を引き締めた。すげー悪い顔しているけど、悪気はないんだよな。多分。
「……ハイ」
「怖っ!影山の笑顔、怖っ!」
「……お前等声でかいって、あと座れ」
「っしあぁ!大王様にも負けねー!」
「日向、お前俺の言った事聞いてた?」
ぎゃーぎゃー騒ぐ中、端っこに腰を降ろした影山は携帯を握りしめ、大事そうに見つめていた。もう一つあった、俺の勘が当たりそうなもの。
力と龍が腰を落ち着けて、代わりに俺の横に翔陽が立つ。それでも手すりから離れず、影山を観察し続けた。
「……ノヤさん?」
「おう、何だ」
「何か、嬉しそうっすね!」
「んー……まぁな!やる気が高まるなら何でもいいんでねぇの?」
翔陽が何のこったという顔をして首を傾けるけど、俺は笑って誤魔化した。今は目の前の強敵に勝ちたい、勝つ!
それが俺達にとって一番の優先順位であることは間違いないけど。
「へへっ!効果てきめーん」
「何がですか?」
影山にも、俺のとっておきの特効薬は効いたみたいだ。なんだかそれがむず痒くも誇らしくて、早く明日にならないかなーなんて思った。
***続***
20140202