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 本日後半の試合の所為か、人の波は少なくなってきた。それでも私と影山くんは、人の少ない階段下で奥に引っ込む様に立ち尽くす。
 あまりの展開に驚き過ぎて涙も引っ込んだ私だけど、顔を隠す防具の様にいつまでもタオルを握りしめて視線を伏せる。
 すると、しびれを切らしたのか影山くんが大きく溜息をついた。

「いい加減、タオルを大事そうに握りしめるの、止めて貰っていいですか?」

 そう言われて、ゆっくりとタオルを引き剥がされる。つられる様に顔を上げた先には、じーっと見つめてくる真っ黒の瞳。
 顔、整っているし綺麗だなぁ。それにちょっと近くて、緊張してきてしまう。

「みっともないところをお見せして……」
「約束、いいですか?」

 タオルを握ったまま少し首を前のめりにした影山くんが、口を尖らせて言ってきた言葉を頭の中で反芻する。約束。
 事態を飲み込めなくて、首を横に傾ける。すると眉間に皺を増やした彼が、携帯を目の前に突き出してきた。

「……ください」
「あ……!」

 完全に忘れていた訳じゃない。でも、言われるまで選択肢が頭から抜け落ちていた。慌てて鞄を引っ掻き回しながら、携帯を取り出す。

「……?」
「私、やろうか?」

 機械は苦手らしい影山くんに携帯を奪われたけど、握り返して彼の分まで貸してもらった。何も言い返さず、薄っすら赤みを残す下を向いた顔。
 可愛いなんて、言っちゃ怒られるかな。

 もう涙も鼻水も引っ込んだ。嬉しさだけがじんわり残って、笑い出したい気分。でも、私の用事は終わってない。
 明日対戦する高校の試合の偵察に行くみたいだし、早く切り出さねば。

「あのね、聞いていい?」
「ハイ」
「嫌だったら答えなくてもいいけど……コート上の王様って、どういう意味?」

 聞いた瞬間、早くも後悔が襲ってきた。影山くんは目を少し見開いて、その瞳の中の光を濁らせる。ここにいるのに、此処にいない。
 それが寂しく思ってしまうから、私は馬鹿みたいに喋り続けた。

「あ、嫌なら本当に……ちょっとそう言われてたのを聞いて、気になって」
「……気になる?」
「あんまり嬉しくなさそうだったから。すごい名前なのに」

 王様って最上級の賛辞じゃない?意味合いからすればコートに君臨しているって意味なんだろうけど。だからこそ気になる。
 言われたら相手を睨まなければならない程、反応してしまうなんて。

「あー……格好悪いんスけど。笑いませんか?」
「笑うわけない!それなら私の方が……格好悪いところ沢山知られたよ」

 いつまでも持たせていた夕のタオルを受け取って、小さく畳み出す。鞄に直すフリをしながら、動揺しているのを誤魔化した。
 でもそんなの影山くんにはバレバレみたいで。私を見て笑った彼は、とんでもない事を言うんだ。

「なまえさん、可愛い」
「や、めてよ!全然全く関係ないから!」

 私が否定すれば、彼は顔ごと斜めに向けて口を尖らせたけど。ゆっくり息を吐き出して、荘厳な渾名の由来を教えてくれた。
 その名前から来る確執と、中学最後の試合で起こってしまった出来事まで。



「……で、俺はあんまりその名前で呼ばれたくない……って!何で泣きそうなんですか!?」

 気付けばまた夕のタオルを鞄から引っ張り出して、目元までをきつく抑えていた。だってそんな事って悲しいよ。そして考えなしに聞いた私は阿呆だ。

「ごめん、私、こんなこと聞いて……」
「あ、いえ。でも俺、嬉しかったデス」
「……え?」
「初めてですよね、なまえさんが俺に興味持ってくれたの」

 そう言いながら大きな手が私の目尻を拭った。そこだけ熱を持ったみたいに、いつまでも触れられた感覚が抜けない。

「それに今、言っといて良かったです。明日は、及川さんなんで」

 さっきまでの柔らかい顔が一変して、影山くんの表情が険しくなる。そういえば、学区的に北川第一の子は青葉城西に多く行くと聞く。もしかしたら、中学時代のメンバーとかもいるのかな?

「今は烏野のセッターだから!」
「あざす」
「青城って強いんだよね?夕が言ってた位しか分からないけど、確かセッターが……」

 言いかけて止めた。影山くんの眉間の皺が濃くなって、どんどん顔に不機嫌さが露わになったから。上の会場の方から女の子と思しき黄色い応援の声がする。

「えっと……影山くん?」
「県一番のセッターは、恐らく及川さんです。そんですっげー、性格悪い……」

 苦々しく絞り出された本音は、ものすごく感情が篭っていた。きっとすごいセッターなんだろうな。でも、影山くんが性格悪いって言ったら説得力あるのは内緒だ。

「なまえさん、明日も来てください」
「勿論だよ!私、声大きいから!もう十人分くらいは出すよ!」

 ぶんぶん腕を振り回して答えたら、呆れたみたいに眉毛が下がった。あんまり長い時間拘束しておけないから、時間取らせてごめんねと言って背中を押す。

「……一人で帰れますか?」
「子供じゃないよ?ちゃんと来られたし大丈夫!明日の相手の観察しっかりね!」

 何度も後ろを振り返る影山くんに、走れと叫んで送り出す。彼が見えなくなってから、壁にもたれかかって顔にぺたんと手を当てる。
 指でなぞった目尻が熱くて、それが顔全体に伝染して。私は誰も見ていないのに顔を左右に振ってから、会場出入り口へと駆け出した。



***続***

20140125


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