三月の試合でも同じ感想を持ったけれど、伊達工のミドルブロッカーは高く、そして固い。鉄壁の渾名はぴったりだと思う。
会場の伊達工を応援する空気に圧倒されながら、手すりに掴まって烏野の皆を見る。雰囲気に呑まれないで、頑張って欲しい。
「皆前だけ見てけよォ!!」
夕の誇らしげな声が届いて、胸を撫で下ろした。うん。夕のこういう所、本当に尊敬する。物怖じしなくて、自信いっぱいで。
それでいて実力も本物だから、格好良いとしか言えない。
祈るように夕を見て、次に旭さんを見た。影山くん、ごめんね。この試合ばかりは、きっと私。この二人ばっかり見ているよ。
夕が部活に行かなかった間、きっと一番一緒にいたのは私だ。心がささくれちゃうんじゃないかって心配だったけど、私の幼馴染はそんな弱くなかった。
近所のバレーボールチームに頭下げて、練習に参加させてもらって。誰よりも強くあれるよう、傷を沢山増やしながら。
守護神の名に恥じない練習をしてきた。だから。
「夕!頑張れ!」
身を乗り出して叫んだから、何人かに注目されてしまった。私の声に気付いた夕が、後ろを振り返って笑ってくれる。
「おう!任せろ!」
駄目だ、じんわり泣きそう。旭さんの引き締まった顔が滲んで見えない。でも、笑え!
試合は緊張と拮抗を孕んでいたけど、結果から見ればストレート勝ちを収めた。私は気付くと目頭が熱くなっていて、握りしめ過ぎた手が真っ赤になっていた。
次の対戦校の人たちが応援席になだれ込んでくるのを合図に、弾かれた様に客席を離れる。
「……や、ったぁ」
大きく吐き出した息は、会場の熱気とざわめきに吸い込まれて消えていった。それでも良かった。きっと皆は、うねりの中にいる。
「はぁ!?伊達工負けた?」
「相手って……確か烏野?」
「ストレート?マジかよ……」
「次青城だし。ここで終わりっしょー」
無責任な噂話が飛び交う中でも、私は全然気にならなかった。きっと皆もそうだろう。
この会場にいる何人が、あの大熱戦を見たんだろう。旭さんが何度も向かっていく姿を、日向くんが見上げる位高い壁を越えていったのを、影山くんの緻密で綺麗なトスを、そして。
そして、味方が決めてくれると信じて、拾い続けた夕の頑張りを。
(みんな、すごく頑張っていたなぁ)
お疲れなんて言葉では言い表せない。会ったら何て言おう、良かったね?少し違うかもしれない。拍手?うーん、何か偉そう?
「駄目だ……緊張してきたかも」
「あ、なまえ!」
「ぎゃあ!」
「いや、お前何で悲鳴あげるんだよ!」
今日もいつも通り。会場のどんな隅っこにいても、帰る前には夕が見つけてくれる。でも皆はジャージに着替えてから、観客席の方に駆け上がってきていて。
あれ、まだ帰らないのかな?
「あ、あの、あの!見てたよ!」
「おう!なまえの声、ちゃんと届いてたぞ!」
誇らしげに笑う顔が、いつかの悔しそうな顔を払拭してくれる。ここまで来た。伊達工に、勝ったよ。後ろにいる旭さんも笑っていて……何か。
「……た、良かったね、ゆうー……」
「はぁ?お前、泣くなよ!」
「だって、嬉じいもんんん!」
人目も憚らず泣いてしまった。嬉しい。これがやっぱり一番言いたかった言葉だ。メンバーでもない私が思うのはおこがましいかもしれないけれど。
嬉しくて最高で、涙が止まらない。
「〜っ!影山、パス!」
「……は?」
「う……ぇ!?」
泣き過ぎのまま発したら、変な声が出てしまった。夕の汗の匂いがするタオルを顔に押し付けられながら、とんでもない言葉を聞く。
やばい、顔からタオルを降ろせない。影山くんの表情を見るのが怖い。
「いえ、あの、西谷サン?」
「青城の二セット目までまだありますよね?ちょっと影山借ります!」
テキパキと許可を取る夕に、あっけに取られているコーチの声が続く。私は少しずつタオルを引き剥がすと、烏野の皆を見つめた。
驚くよね、そりゃ。私が誰より驚いているけど。
「ちょっと夕!私、悪いよ……」
(何言ってんだ!泣いてる今がチャンスだろ!勢いで聞いても今なら絶対怒られねーって。気になるんだろ、コート上の王様!)
耳打ちしてくれるのはアドバイスのつもりなんだろうか。今だけはこの、わが道を行く幼馴染が憎らしく見える。
私は言葉にならない言葉を口の中で溜めながら、夕に文句の一つでも言おうと思ったけど。
「あー……俺からも、いいっスか?」
「……っ!?」
「短時間なら問題ないですよね!ほら、西谷は行くぞー!なまえちゃん、応援ありがとうね、また明日な!影山は終わったら早く来いよー!」
影山くんが乗っかって、スガさんの後押しがトドメ。ぞろぞろと私と影山くんを追い抜いていくメンバーに、視線の攻撃を浴びる。
それでも足が動くことはなくて。真っ直ぐに振り下ろされた一番の視線からは、涙と鼻水を吸った濡れタオルくらいじゃ対抗出来ないって思った。
***続***
20140119