会場にある予定表を目で追いながら、なまえは頭で反芻した。一回戦を勝ち進んだら、二回戦も同じ会場で同じ日にやる。
トーナメント表では、烏野も伊達工も順調に勝ち進めば、早くも二回戦で当たることになっている。
「おー見ろよ!伊達工でけぇ……」
「今年は青葉城西もすごいって……」
「やっぱり白鳥沢だろ?」
所々で囁かれる噂話に耳を傾けながら、自動販売機を探す。烏野の試合が始まる前に、飲み物だけでも買っておきたかった。
夕の試合を見るのは慣れていた筈なのに、いつも以上に緊張している自分に気付く。
「他は?」
「あー……烏野とかは?」
「烏野ってアレだろ!昔強かった……」
「堕ちた強豪、飛べない烏!」
烏野の二つ名。試合会場では未だによく耳に付く。それだけ、昔の烏野が強かったということなのだろう。世代が被っていないし、なまえも噂でしか知らないが。
中学から少なからず有名だった夕でさえ、烏野のバレー部に拘りがあって高校を選んだ訳ではなかった。
「あ……」
「オイ!お前まずい……」
「烏野だ!」
なまえの遠目に、烏野のメンバーが会場入りしていくのが見えた。ほとほと、自分は早く会場に着き過ぎたのだと思う。
飽きる位見つめても、誰も気付いていない。黒の集団は鬼気迫る迫力があり、いつもの様に声をかけることすら憚られた。
「黒……っ!」
「つーかアレ!千鳥山の西谷!!」
夕が噂されているのを聞くと、少しだけ誇らしく感じる。全中でベストリベロを獲った夕は、高校でも名前が知られているらしい。
らしいというのは、これ以上近づかない様にと努力した結果によるものだ。バレーをやっている夕は一際格好良い。
だから、一時は見ないようにしていた。部活禁止のこともあり、心配していたのも事実だけれど。
「おい……北川第一の!コート上の王様!」
そう言われてギロリと相手を振り返り、一睨みした影山が見えて、気付かれてもいないのになまえはどうしようもなく動揺してしまった。
去年までは噂に名指しで指名されていたのは夕だけだった。北川第一。中学の頃はよく夕の試合を観に行ったから、中学の強豪だと言う事を知ってはいる。
それでも。影山がコート上の王様という、誉れ高そうな渾名を冠していたことは知らなかった。
(何か、嬉しくなさそうだけど)
遠くからでも不機嫌な顔が見て取れる。舌打ちすら聞こえてきそうなソレに、なまえは身震いした。自分のことを睨まれた訳でもないのに。
最近の自分はおかしい。影山に真っ直ぐ射抜かれると、逃げ出したくなる時がある。それなのに、影山が嬉しそうにするのは、自分のことのように喜ばしくもある。
(早く席に行っちゃおう)
体を動かすことで、まとまらない考えを振り切ろうとする。けれど喧騒と人の熱気の中、思考は内へ内へと向かっていく。
中学の頃、影山がどうだったかなんて知りようもない。それでもあの黒く沈んだ目が、烏野の有難くない二つ名よりも「コート上の王様」を嫌がっているように見えたのだ。
一回戦はストレートで勝ち進んだ。なまえは一安心して、大きく息をつく。それにしても驚かされたのは、影山の技術の高さだ。
自分が練習に顔を出すのは終わり頃だった所為か、試合形式で影山がバレーをしているのを見たことがなかった。
あんなに厳しい体勢から正確でスピードのあるトスをアタッカーに上げられるなんて。天才というのは、ちっとも過大評価ではないのだと知った。
「なまえ!」
「あ……夕」
「応援来てくれて、サンキュな!」
「ううん。一回戦、おめでとう!」
「二回戦まで時間あるけど。お前どうするんだ?」
会場外で見つかって、叫ばれたのは恥ずかしくもある。何人かの目がこちらに向いていて、なまえは思わず小声になった。こういう時、夕の物怖じしない性格が羨ましくも疎ましい。
「このままコンビニでお昼買って、試合みてるよ」
後方へと視線を走らせて、影山の背中を追った。声をかけられても困るくせに目で追ってしまうのは、渾名のインパクトの所為だと思いたい。
「なまえ!」
「な、何?」
「気になることがあるならハッキリ言えよ!」
自分も夕には甘いつもりでいるが、夕もなまえに甘いのだと思う。頭を撫でながら笑って背中を押してくれる。自身が大変な時で、それだけに集中していて欲しいのに。
「うん……コート上の王様って……」
「あー……ソレ、あんま影山に言ってやるなよな。まぁ、気になるなら本人に聞いたら?」
あからさまに苦い顔をした夕に、悪い予感しかしなかった。烏野にとって次が正念場であることは、相手が伊達工であることから容易に検討がつく。
今は、バレーのことだけを考えていて欲しい。
「次勝ったら聞くよ。勝つんでしょ?」
「……ったり前だぁ!」
威勢の良い啖呵を聞きながら、なまえはそっと息を逃した。二回戦開始まで、あと少し。
***続***
20140110