参った。今の私は少し混乱している。明日からいよいよ大会だし、今日は早めの練習で終わるって夕から聞いていた。
だから体育館にも行かなかったし、明日は直接会場に行くから声をかけられる機会がないかなぁって思っていたのに。
「影山、くん?」
「ちっす。すみません、こんな事して」
「ううん。いいけど……どうしたの?」
「……」
お母さんが私の部屋に入ってきて、家の前を目付きの怖い子がうろついているって言うから。何だと思ったら影山くんっぽくて。
慌てて飛び出してきた。誰も気付かなかったら、どうするつもりだったんだろう。
「あ、この前の公園、行く?」
「家の人……」
「大丈夫!バレー部の子って言ったら安心してた」
うちのお母さん、バレー部って聞くと信用しちゃう。夕も自分の子供くらいの感覚なんだろうなぁ。一緒に大きくなってきたから、仕方ないのかもしれないけど。
歩きながら、いつも以上に無口な影山くんを見上げてみる。相手は申し訳ないのか何なのか、随分自分の思考と戦っているように見えた。
そういえば、私。影山くんに会いに来てもらってばっかりだな。前に一度偶然会ったことはあるけど。連絡手段、無いもんね。
「すみません、本当は応援してもらうだけで、充分なんですけど……」
ペットボトルをくるくる回しながら、公園のベンチに腰掛けた影山くんは、いつもの迫力が翳っている。目付きは相変わらず怖いんだけどね。
でも、そんな風に思ってくれるのは嬉しかった。夕と私なら応援するのは当然みたいに考えているけど、影山くんと私は知り合って少ししか経っていない。
だから、関係を築いてくれようとしているのが伝わってくる。
「ううん。他にも言いたいことあった?」
「……あの、」
「うん?」
言い淀んだ影山くんは猫背になっていて、珍しく距離が近く感じた。近くで見ると、眉間の皺に年季を感じる。あと、目鼻立ちが綺麗で、すごく整っている。
「影山くんは、綺麗な顔だね」
「……はぁ」
「あ、口が少し尖ってる。口の上、皺になるよ?」
本当はもう付いているのかもしれないけど。この顔、良くするもんね。
話を逸らしてしまったこと、不服だったかも。でも、何でだろう。このまま見つめているのは、苦しい気がしたんだ。
私、変だ。胸の奥がざわざわとして、ちっとも落ち着かない。
「なまえさん、あの!」
「は、はい!」
「緊張しないでください、こっちもするんで……いや、そうじゃなくって」
支離滅裂でこっちもちゃんと見ていない。でも、それに助けられた。私の顔、きっと酷くなっていると思う。聞きたいような聞きたくないような、難しい感じ。
影山くんは深呼吸して、それからやっとこっちを真っ直ぐ見た。あ、この顔。すごく鋭くて、いつまでも焼き付く。
怖いけど、やっぱり格好いいなぁ。
「明日、勝ったら……」
「勝つよ!烏野は強いもん」
「そうですけど」
「……?」
今度こそ分かり易く口を尖らせて、ものすごく不満顔に変わった。夕みたいに言葉で肯定して欲しい訳じゃなかったのかな?
そもそも、影山くんが私なんかにわざわざそれをしてもらいには来ないか。
「あー……ちょっと黙ってください」
コホンと咳払いをして、小さく舌打ちをした。聞こえているぞ、こいつめ。だけど、余計なことは言わない方がいいのかもしれない。
力の入り過ぎで寄った眉が、痛そうな位ピクピクしていたから。緊張?どうして?
「明日、試合勝ったら。携帯の連絡先を教えてください」
「……えっ?」
「あ、アドレスも……おなしゃす」
段々小さくなる声に、思わず聞き返した。お願いしますって言ったのかな?
「駄目……っスか?」
「へ!あ……うん、いいよ?」
「……っしゃあ!!」
もの凄く力んだガッツポーズを決められて、どう反応していいか困る。固まっていたら、こっちをぐりんと向いた影山くんと目が合った。
「絶対勝ちます!」
「そ……っか、そうだね」
何で急に連絡先を聞いてきたんだろうとか、別に普通に聞いてくれて良かったのにとか、思うことは色々あったけれど。
嬉しそうにしている影山くんに、気合が入ったならいいのかなぁと思ってしまう。
「あ、遅いんで送ります」
「ありがとう。明日早いのにごめんね?」
「イエ。今日言っときたかったんで」
相変わらず妙なところでつっかえて、違うところではさらっと言ってのける。私が影山くんという人を捉え切れてない所為かもしれないけど、こういう所は戸惑う。
本人は涼しい顔をしていて、穏やかな目つきで私を見ている。さっきより全然怖くないのに、居た堪れなくなるのはどうしてかな。
別に連絡先くらい教えるよって、言わない方がいいよね。明日勝って欲しい理由が、直前にもう一つ増えちゃった。
***続***
20131229