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to not run away


 練習が終わった後、夕は私の家に寄ってくれた。「ただいま!」とまるで我が家みたいに帰ってきた夕を、お母さんが嬉しそうに迎える。

「夕ちゃん、おかえりー!」
「おばさん、いつ見ても美しいっスね!」
「やだー!ご飯食べてく?」
「あざーっす!」

 何だ、この茶番劇。そんな風に思うのに、私も顔が緩んでいく。ウチはお父さんの帰りが遅いし、夕が晩御飯を食べてくれるのは、お母さんも嬉しいんじゃないかな。
 洗面所にダッシュでかけていく夕は、何しに来たのか目的を忘れていそうだけど。



 私の部屋まで駆け上がると、夕は携帯を机に出して見てみろと指示した。その顔が楽しそうに見えて、私まで嬉しくなる。

「対戦カード!決まった!」
「試合の?そうなんだ」
「二回戦で伊達工に当たる」
「そっか……」

 さっきまでのわくわく顔が急に引き締まって、つられて口を固く結んだ。
 三月にストレート負けした、旭さんが部活に来なくなった原因の試合相手、伊達工。因縁の相手ってやつだ。

「絶対、負けねー……」
「うん。旭さんなら鉄壁ぶち抜けるよ!」
「背中は俺が守る!」

 うわぁ。やる気で溢れている夕って、大きく見える。身長とかそういうのではなく、人間の大きさが。それでいて、とてもしなやか。

「そうだね。皆頼りにしてると思う!」
「おうっ!」

 幼馴染って、こういう時良かったと思う。夕が口にすることで自分を鼓舞しているのが分かるから。私にしてあげられることは、あんまりないけど。

「場所どこ?」
「仙台市体育館!」
「そっかー、行くならバスかなぁ?」
「お前応援に来てくれんの?」
「当たり前だよ!」
「おう!サンキューな、なまえ」

 にししっと笑う顔が眩しい。私も笑い返しながら、胸に手を当てた。ズキンってしなかった、今。いつからか夕の笑顔を見ていると感じる痛みが、なかった?

「あ、れ?」
「……なんだよ?」
「あ、いや。何でもない」

 気のせいかな?たまにはそんな事もあるかもしれないし。私だって、いつまでも夕のことで頭も胸もいっぱいになんかしていられない。
 そうだ、それに。

「夕の応援だけじゃないしね」
「おー、まずは一回戦。勝つ!」

 私の言った事は気にも留めない。でもそれでいい。知られたら何か恥ずかしいし。影山くんの言ってくれたことは私だけの秘密にしたい。
 勿論、チームの応援をする訳だけど。影山くんを沢山見ようと思う。拍手を沢山送ろうと思う。



「影山くんってセッター、だよね?」
「そうだよ」
「あれ、スガさん……」
「あー、スタメンは多分影山だな」
「そうなんだ」

 私はバレーについてそこまで詳しくはない。でも、夕の話や練習風景から察するに、影山くんが期待されていることは知っている。
 そして、去年はスガさんがセッターをやってきたことも知っている。

「馬鹿!お前が気にすることないだろ!」
「うん、分かってる」

 スガさんの気持ちを推し量るなんて、思い上がりもいいところだ。私は夕に頭を撫でられながら、何度も頷いた。
 影山くんが応援に来てくれって言ってくれた時は嬉かったのに、私は本当に馬鹿だ。多面的に物事を考えられないのは、自分に余裕がないからなのかな。

 戦うって、向き合うって、すごく疲れるけど。頑張ったって記憶は、自分の自信を支えてくれるものだと思う。

「皆、すごいなぁ」
「おう!烏野は強いぞ、それにもっと強くなる!」

 その中に、守護神として夕はいるんだろう。拾って拾って拾いまくって、自分たちのコートに落とさないために。チームの為に。
 そして夕のつないだボールは、セッターがエースにあげてくれる。

「頑張ってね」
「おう、任しとけ!」
「私も頑張るから」
「応援か?おう、頼んだぜ!」
「うん」

 そうだ、私も頑張る。この気持ちが消える最後まで、逃げないで向き合うよ。



***続***

20131217


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