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夕方fortuity


「なまえさん?」
「あれ、影山くん?」

 なまえは偶然、バイト終わりに影山に遭遇した。この道を通るのはいつものことだが、知り合いに出会うのは珍しい。
 小さな偶然を楽しく思いながら、小走りで駆け寄った。

「何してるの?ジャージだね」
「あ、部活が午前中だけだったんで、走って……すんません。臭いっスか?」

 目の前で大きな手で近づくのを制止され、その理由におかしくなって口が上がっていくのを抑えられない。なまえが笑うのを見た影山が、焦ったように補足してくる。

「部活終わってからシャワーして着替えたんですけど!結構走ったし……」
「別に気にならないから大丈夫だよ?影山くん、落ち着いて?」

 なまえは嬉しかった。自分ではなく、影山が取り乱しているこの事態に。思えば、彼には初めの方からイニシアチブを取られていたように感じる。
 少しくらい先輩らしく振舞ってもいいのではないかと、なまえは思ったのだ。

「そっすか?大丈夫ですか?」
「わ……」

 押し付けられたジャージから、柔らかなお日様の様な匂いがした。CMでお馴染みの、有名メーカーの柔軟剤の匂い。
 一瞬鼻先に触れたジャージは、すぐに離れていく。驚いてうまく切り返すことが出来ないなまえに、影山は視線を外しながら顔を綻ばせた。

「うん、大丈夫ですね」
「まだ何も言ってないよ?」
「臭いっすか?」
「わ!もういいよ、いい匂いだよ!」

 焦っている自分に、影山が面白がっていることに気付く。けれど時既に遅し。先輩らしさの欠片も見出せないまま、並行して歩いた。



「バイト帰りだったんですね」
「うん、今日は夕方までだったから」

 辺りは夕焼け色に染まっている。影が長々と落ちているのを踏みしめながら、ゆっくりと歩いた。心なしか、影山の歩幅が前より狭い気がする。

「えっと、ロードワークの邪魔……」
「送ります。その後走るんで」
「そっか。ありがとう」

 影山はたまに、有無を言わせないところがあるとなまえは感じていた。酷いことを言われたこともあるし、夕への未練の想いを応援しないとも言われた。
 それでも、影山に対してなまえの抱く心象が目まぐるしく変わっていくのは事実だ。こんな風に隣に並ばれてゆっくり歩くのも、悪い気はしない。

「バイトって、雑貨屋……ですよね?」
「うん。アクセサリーショップだよ!」
「あ、あー……」
「男の子には、あんまり縁ないよね?」

 正確にはパーツを多く扱うパーツクラブだが、人には手っ取り早くアクセサリーショップと言うことにしている。
 バイト先に来る客層も女同士かカップルがほとんどで、たまに一人で手芸のパーツを買いに来る手芸男子もいるにはいるが、そんな人間も放課後の時間になんか絶対こない。
 つまり、圧倒的少数であることを自覚しているのだ。そして、その少数の中に影山が属さないであろうことは、なまえにも容易に推測出来ることだった。

「夜、遅かったりとか……」
「平日はね!でも、皆の部活と同じくらいじゃないかなぁ?」

 烏野高校排球部は、随分夜遅くまで練習している。昔は強豪だったらしいが、なまえもそれは噂でしか知らない。
 幼馴染から聞いた。今は「落ちた強豪、飛べない烏」という、有難くない二つ名を冠しているらしい。

「そっすか……気をつけてくださいね」
「うん。烏野はもっと強くなるよ!」
「えっ!?」
「え?」

 会話がかみ合ってないことに気付いてなまえは立ち止まった。一歩先で止まった影山と、目を合わせて首を傾げる。
 どちらともなく、可笑しくなって笑い出した。

「っく、ははは!」
「あは!ごめん。何かおかしかったね」

 思えば、声をあげて笑う彼を見たのは初めてのことで。少年らしいその顔に、なまえはふつふつと温かいものが湧き上がるのを感じた。

「あ、忘れない内に言っときます」
「ん。何?」
「私服姿、可愛いです」
「う、あ、え……スカート!が?」
「それも似合ってます、ふわふわしてるの。なまえさんが、可愛い」

 相変わらず語彙力が高いとは言えない言葉は、それだけに真っ直ぐ響く。逃れようがなくて、なまえは顔が赤くなっていくのを自覚した。

「先輩を、からかわない!」
「いえ、本気なんで」

 苦し紛れの意地悪を向けたつもりだったのに、相手は全く意に介さなくて。それどころかこちらが恥ずかしくなる位、照れもせず言い放つ。
 安い文句だと知りながら。なまえはこの大きな子供のような男を、また一歩身近に感じてしまったのだ。



***続***

20131207


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