「なまえちゃんさぁ、マネージャーしてくれたらいいのに!」
田中くんがそう言って、練習終わりに声をかけてくれた。私は今日も夕を待っていた。おばさんが遅い時は私が西谷家の晩御飯を作る。いつもの事だ。
モップに顎を乗せた田中くんが可笑しくて、何だか笑ってしまった。でも、ここで首を縦に振っちゃいけないんだ。
「マネージャーは、ちょっと」
「こらこら、田中。無理言うなよー」
「言ってませんって、大地さん!」
「なまえちゃん、バイトしてるんだっけ?」
「はい。バイトもしてるし、中途半端は出来ないです」
旭さんの質問に笑って答えながら、どの口が言うんだろうと心で悪態をつく。夕に対して中途半端のままのくせに。
でも、これ以上は無理。これ以上近づけない。だって潔子さんがいる。格好いい夕がいる。
そんなの辛いだけじゃない。これ以上学校でも時間を共有したら、諦めよう、離れようって気持ちが凪いでいく。
いつまでも甘えてなんかいられない。いつか夕に彼女を紹介されたら、笑っておめでとうって……言えるかなぁ、私。
今はあんまり自信ないけど。
「そっかぁ。何のバイト?」
「雑貨屋さんの接客です」
「へー!何か女の子らしいっスね!」
「あ、ありがとう。日向くん」
「……痛ってー!何だよ、影山!」
「うっせ!早く片付けろ!」
影山くんは、バレーのことになるとストイックだ。あの日の顔と違い過ぎて、気安く喋りかけたり出来ない。
本当は、色々聞きたいことがあるにはあるんだけど。
帰る準備をして外で待っていたら、ズンズンと近づいてくる影山くんに身構えてしまう。ものすごい顔で、明らかにロックオンされているんだもん!
なに、また何か言われるのかな?
「なまえさん」
「……影山くん、どうしたの?」
「こないだのお礼です」
「え?」
そう言いながら押し付けられた紙袋が、何だかほっこり温かかった。少しだけ紙袋を指で広げて中を覗くと、肉まんが入っている。
美味しそう。でも、何時の間に買ってきたんだろう?
「あのカレー。温卵のせカレー、美味しかったです」
「ああ、うん!ありがとう」
私がありがとうと言ったからか、影山くんは首を傾げた。相変わらずその眉間に皺が寄っていてどうやら不服らしい。
「お礼は自分が言いたかった、デス」
「そっか。これ?」
「食べてください、ありがとうございました」
影山くんは基本的に律儀な人かもしれない。言葉はあまり上手くない気がするけど。
この肉まんはお礼のつもりなんだと思う。でも、こんなに沢山は食べきれないかなって。ご飯前だし。
「ね、せっかくだから皆で食べよう」
「ハイ?」
「あ、駄目?冷めちゃうのは勿体ないかなーって」
懇願しながら見上げてみる。影山くんは夕と違って、見つめると自然と首が伸びる。相手は目があったらすぐ逸らして、口が尖っている。
きっと、別に怒っている訳じゃないんだよね?
「賛成!影山ゴチ!」
「ゴチー!」
「な、な、これはなまえさんに……」
「そっか。じゃあ、なまえちゃんゴチ!」
「成程なぁ。なまえちゃん、ゴチ!」
何時の間にか皆、部室から出てきていて。スガさんと大地さんがそう言うから、皆が私にお礼を言い出して。ブンブンと頭を横に振りながら影山くんを見たけど、あれ。
あれ。何で。
「あー!影山が笑ってる!」
「うっせ!ボゲェ!」
日向くんの大声で、それは一瞬の幻になってしまったけど。私は確かに見た、いつもみたいに口が尖ってない、やんわりと顔が緩んだ影山くんを。
「ふぁに?なまえ、見た?」
「……あはは!」
「っ!俺も食べます」
口いっぱいに頬張った夕が聞いてくるけど、内緒にしておこうと思った。私が抱えた紙袋に手をつっこんだ影山くんの顔には、また眉間に皺が寄っていて。
「影山くん、眉間」
「……っす」
たった一口で、肉まんの半分が影山くんの中になくなっていく。美味しそうに食べるなぁ。皆部活で体動かしているから、お腹空くよね。
私も一つ取り出して、まだ温かい肉まんを頬張った。
***続***
20131128