カレーはいつもの温卵のせ。今日はビーフだけど、影山くんはポークカレーで温卵のせが一番らしい。すっかり覚えてしまった。
「はい、どーぞ。サラダも食べてね」
「んめー!カレーって上手い!」
「上手いっすね」
「そっか」
気付いたら、影山くんのリアクションばかり気にしている。私、変だ。いや、変なのは影山くんの方だ。彼はよく分からない。
いつも険しい顔をしているし、怒っている様にも見える。
こないだだって、睨みをきかせながら美人じゃないとか言い放った。アレはすごく傷ついたし、ショックだった。
やっぱり誰の目から見ても夕に私は見合わない。それでもって後輩から見たって、私じゃ夕の幼馴染止まりの訳だ。
それなのに。
「温卵の作り方が神ですね」
「っだろ!?なまえ、上手いよな!」
「……そんなこと、ないよ」
「お前さっきから食ってるか?ちゃんと食えよ!」
夕の優しさが嬉しいのに、影山くんの言葉が頭に残って追い出せない。可愛いって、言った。もしかして、彼なりに謝っているのかな?
フォロー?美人じゃないとか言ったから?でも、そういえば。影山くんの言いかけた言葉を遮っちゃったんだよね。
関係ないとか、怒鳴って泣いて。それなのに彼が謝らなきゃならないかな?謝るのは私の方じゃないのかな。
「しょうがねーな、なまえ!デザートにガリガリくんやるよ」
「ソーダ味?」
「あったり前だろ!だからカレーも食えよ」
にしっと笑った眩しい笑顔。力が入っていなかったスプーンを持つ手に、きゅっと力が篭る。夕はずるい。
食器を洗って片付けを終えたら、すぐ帰ることにした。夕は「もう帰るのか」って聞いてきたけど、影山くんと一緒に外に出る。
「ごめん、隣なんだよね。だから、もうソコなの」
「そ……っすか」
「あー、ちょっと歩く?」
「帰り、此処まで送らせてくれるなら」
「え?」
「暗いし危ないです。こないだみたいに走って逃げないでください」
影山くんははっきり言うなぁ。私は咄嗟に喉から声が出なかった。逃げた、のかな?そうかもしれない。影山くんが怖かった。
「とりあえず、近くに公園あるよ」
「……っス」
家には親もいるし、上げるなんて出来ないし。公園ならいいかな。明るいし、家の近くだし。そう思って提案したら、影山くんは隣に並んでついてくる。
影山くんの足が長いから、私を追い越す。その度にゆっくりと歩いて足先を彷徨わせる動作がおかしかった。私は慌てて、少しだけ早足で進む。
ベンチに座ると、影山くんが紅茶を買って差し出してくれた。私がいつか好きだと言った、学校の自販機にも入っているメーカーのやつ。
覚えていてくれたんだ。
「ありがとう……」
「あの!俺!美人じゃないとか言って……」
「もういいよ」
「えっと、違うんです!」
とても大きな男の子が、座っている私に合わせて腰を低くして必死に謝ろうとしているのは、十分過ぎるくらい伝わってくる。
それに、何回も言われるのは恥ずかしい。
「なまえさんは可愛……」
「わー!だから!言わなくていい!」
「……は?」
「は、恥ずかしい。から」
「そ……っスか?」
首を傾げて訝しんでくるのが、何だか可愛いと思ってしまった。でも私は可愛いなんて言われ慣れてないから反応に困る。
ましてや、影山くんは誰にでも可愛いなんて言わなさそうなだけに、余計。
「私、分かってるんだ。諦めがつかないってだけ。別に何も望んでないの」
そのくせ、傷つくなんて影山くんにはいい迷惑だ。あ、やっぱり。私が謝るべきなのかもしれない。
「だから、ごめんね。影山くんの言ったことは正論だから、泣くなんて卑怯だった」
立ち上がって、頭を下げた。混乱して逃げたけど、ずっと逃げ続けるなんて出来ないし。夕の後輩は、私にとっても後輩みたいなものだし。
「いえ、俺は……違います」
「……え?」
「美人じゃないって言ったのは謝ります。でも、西谷さんのタイプじゃないって言ったのは謝らねぇ!」
はっきりと啖呵を切られて、思考の海から無理やり浮上させられた。見上げた顔は、苦々しく歪んでいて。私の心臓が忙しなくなる。彼は、どうして怒っているんだろう。
「俺は……アンタの想いを応援しない」
「え?」
「すんません、送ります」
乱暴に回転して、大股で歩き出す。あっけにとられること数秒、公園の入り口で振り返った顔を見て慌てて駆け出した。
影山くんの顔が少し赤くて、こっちを無言で睨んでいたから。こんなの、何も言い返せないよ。
***続***
20131121