諦めない


 旭はいいやつだなぁとは思う。優しいし、気の弱いところはあるけど見た目と違って繊細だし。少しでも男らしく見せようって思ってああいう外見らしいから、ちょっと方向性は間違えているけど。
 とにかく、旭が優しいやつで人を進んで傷つけるような真似をするやつでないことは百も承知だ。だからこそ今、目の前の男からもたらされる情報に動揺を隠し切れない。

「え、それってマジでみょうじの話?」
「そうだって。スガ俺の話聞いてた?」
「聞いてたけど……吃驚っつーか」
「だよなぁ。俺も驚いたもん。ショックだし」

 幼馴染が知らない男と仲良さげに家まで送ってもらっているのを見た、なんて。素直にショックとか言える旭はやっぱりすごい。
 問題はその、旭の幼馴染がみょうじだってこと。俺はずっと前から気付いていた。旭の幼馴染であるみょうじが、旭を好きなんだろうって。
 だから、まさかその可能性は考えていなくて。好きな女の子に好きな人がいるのは覚悟の上のくせに、付き合っている男がいることは認められないなんて滑稽な話だ。

「付き合ってるって決まってないだろ」
「でも関係ないとか言われたし……そんなの初めてだし。スガぁ、俺ぇ……」
「わー、わー、泣きそうになるなって!大地に怒鳴られるぞ」

 その単語を聞いただけで顔を引き締める旭は重症だと思った。逆に大地に怒られそう。でも俺は余計なことを言わず、机に頭をくっつけていく目の前の男を見ながら考えた。
 幼馴染って特別なものだろう、いないから知らないけれど。だからこの落ち込み様は、今さらみょうじを好きでしたってことじゃないのを祈る。
 もしそうなら顔も知らない彼氏候補どころの話じゃない。やっぱり、他校の知らない男より旭が彼氏という方が嫌だ。ごめんな。



 俺はつくづく、器用ではないし策略家でもないし。我ながらセッター向いてないんじゃないか、なんて思う。自分でそれを言ってしまったらおしまいか。
 それでも、こんなことを焦って本人に聞いてしまう辺りは恋愛経験値、何てものが圧倒的に足りないんじゃなかろうか。
 よく分からないソレを数値化するとすれば、おそらく50割っていると思う。俺は。

「それ誰から……」
「あー……あー……」
「聞かなくても、旭よね?」

 放課後の教室。誰もいなくなるまで待っていて貰って、少しだけ話す時間を得た。俺が部活に行くリミットと、みょうじが塾に行くまでのリミットは似た様なもんだと思う。
目の前の女の子は、相変わらず凛とした佇まいだった。どこか遠くを見ているようで、いつも近くを見ている。一番近くの幼馴染、旭のことが大好きな女の子。
 それでもその見守る様な、優しげで悲しそうな表情が好きだ。好きになってしまった。俺の気持ちはどうしたって、みょうじが旭を好きだという前提から抜け出せない。
 みょうじはふっと短く息を吐き出して、それから怒った顔を作る。いつもの、旭を説教する時の顔。最後には優しく眉毛が垂れていくのも、全部知っている。

「あの、馬鹿」
「うん。でもへこんでたぞ?」
「関係ないって、言ったのに……」
「え?」

 意外な答えを彼女が言うから、俺は吃驚してみょうじの前の席に座ってしまった。派手な音を立てた俺に少しだけ目を丸くした彼女は、その後すぐに恥ずかしそうに目を伏せる。
 あー、可愛い。旭のこと思い出すと、そんな顔するんだもんな。

「もう。いつまでもいつまでも幼馴染って。旭は……」
「成る程。幼馴染って難しいんだなぁ」

 理解あるフリをして、続きの言葉をかき消してしまった。口先だけの愚痴を聞くと、ついそんなこと本当は思っていないくせにって言ってしまいそうになる。
 こんなに目の前にいて、気付かない旭が鈍感なだけだ。いつだって旭の話をするみょうじが一番可愛いのに。恋愛の話したくないとか言われた位で贅沢者なんだよ。

「なんか、菅原くんにまで迷惑かけてごめんね?」
「んー、でもその塾の男は俺も気になるなぁ」
「違……本当に何でもないの。帰りが遅くなったから送ってくれただけで。本当に!」
「おう。でもあんまり遅くなるのは本当に感心出来ないからな?あの辺マジで外灯ないし」
「お父さんと同じこと言う……大丈夫、次から遅くなる時は駅から車で帰るから」

 困った様に照れたみょうじが、口元を押さえて笑う。俺は見たことないけれど、旭いわく彼女のお父さんは職人気質の頑固オヤジらしいから。
 家までやって送ってきた見知らぬ男なんか見た日には、心中穏やかじゃないだろう。俺の目線はお父さんとは少し違うけど、気持ち的にはそんな変らないな、と笑うしかない。

「でもありがとう。菅原くんってすごく気配り上手さんね」
「へぁ?そんなことないべー」
「ううん。こないだも助かったよ。旭、馬鹿だから」

 随分愛情の篭った馬鹿に、羨ましくなってしまうんだから手に負えない。気配りなんかじゃない。いつも君を見ているから分かることだって。全部知っているんだって。
 我慢しているのに、ぶちまけたくなる。

「んー、旭も悪気はないんだよ」
「悪気はなくても、悪いってことはあるの」
「そりゃ、黙ってるみょうじにも責任はある。と思うぞ?」

 頬杖をつきながら、明後日の方を向いて。少しずつ突いてやるつもりが、出てきたのはドストレートな直球だった。やっぱり俺には回りくどいのは向かない。
 傷つくことになっても、それでも。好きだから、この気持ちから逃げたくないんだ。ゆっくりとみょうじの方へ視線を向けると、ほらな。

「旭のこと、好きなんだろ?」
「何……」
「ずっと見てたから、分かるんだけどさ」
「ず……ってえ、え?」
「上手くいかないもんだよなぁ」

 分かりきっている答えを聞くのは、そんなに傷つく訳ない。そう思っていたのに、覚悟もあったのに。呟いた言葉は掠れて消えていった。
 みょうじの回答を知るのが怖い。きっと絶対知らなかったはずだ。旭しか見ていない女の子を、後から好きになってしまった滑稽な男の存在なんか。
 彼女は目を何度か瞬きして、こっちを見続けたままだった。俺も目を離さない。少しだけ沈黙が流れて、ゆっくりと小さな口が開く。

「菅原くん、それは、本当に……」
「冗談とかそういうのナシな。答えはすぐ欲しい訳じゃないから」
「うん、うん」
「まだ言うつもりなんかなかったのに、上手くいかないもんだなぁ」

 これで全部。俺の目論見なんか全く無意味に帰した。それなのに真剣に話を聞いて頷いてくれたみょうじに、何だか満足してしまう。
 だって今、彼女が見ているのは誰だと思う?旭じゃない。俺なんだ。そのことが、どうしてこんなに嬉しいんだろう。叶わないのに、みょうじじゃなきゃ嫌なんだ。

「あ、避けるのとかもナシで。普通にして!」
「え……あ、うん」
「クラスメイトだしなー。じゃ、俺部活行くわ」

 俺から開放されると思った瞬間、みょうじは気を抜いたんだと思う。どこかほっとした様な顔を浮かべて、それから小さく息を吐いた。
 これは少しでも緊張したとか、ドキドキしたとか。勘違いしてみてもいいんだろうか。勿論、まだまだ届かないのは承知の上だけど。

「部活、頑張って」
「サンキュ。あ、俺。大学はみょうじと同じとこ目指そうと思ってるよ」
「え?」
「長いスパンで見てるから。いつか旭じゃなく俺のこともちゃんと見てくれなー!」

 鞄を抱えて、言い逃げするみたいに飛び出してしまった。だから彼女がどんな表情をしているかなんて知らない。怒っているか呆れているか、困って……なきゃいいなぁ。
 自覚はある。俺は諦めが悪いんだ。簡単に諦められることなら、好きになんかなってない。自分に言い聞かせるみたいに心の中で呟いて、廊下を疾走しながら部室へ急いだ。



***続***


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