「花巻は、私のどこが好きなの?」
「……んー、俺を好きでいてくれるところ?」
ただ、自分を変えようとまでは思わなくて。どんな俺でも受け入れてくれる心地良さに、もう少し溺れていたくなる。
なまえには迷惑極まりないかもしれないけれど。
「何ソレ」
「やー、俺って独占欲すごいから」
「何言ってん……あ、っ!」
「黒尾鉄朗って誰?」
「それ……何で、ふ、ぅ」
「誰?」
口を手で覆って耐えるなまえを見下ろして、体中を手でなぞる。だからなまえって好き。何回やっても最初は我慢するから。絶対耐えられなくなるのに。
何で知っているんだって驚いた顔もなかなか。友達なんかいっぱいいるだろうけど、自分から週に何回も電話しているのはそいつ位だろう?
電話越しに鉄朗と優しく呼ばれる相手が、羨ましくって妬ましい。俺は今も名字なのに。
「……っは、ん、やぁ……!」
「俺さ、他の男見てる女は嫌だな」
「違……ん、ぁ」
「答えないならこのままにしとく?」
「ただ……のっ!親戚」
いやいやと泣いて頭を振るなまえから、零れたのは面白い言い訳で。親戚って。どういう反応したら正解なのか試されているとか?
「もっとマシな嘘あるだろ?」
「違う……ほん、ぁっ!」
「ネクタイの使い方って色々あると思うんだけど、どう?」
息も絶え絶えに俺の下でもがくなまえに、制服のネクタイを解いて見せ付ける。一層絶望的な表情をした瞬間を逃さず、手首をきつく縛り上げた。
後々のことを考えたら止めた方がいいのは明白なのに、ここで睨みあげてくる顔が好きだ。
「いいね、それでこそなまえ」
「意味が……痛っ」
「余裕ありそうだったから、まだ」
「っ!ふぅ……、は、ぁ」
「もう一回聞くけど。黒尾って誰?」
胸の周りに爪を立てて、下から掬い上げる様に指を滑らせる。なかなかの光景なのに、心がどんどん冷えていく気がするのは何故だろう。
口を固く結んだなまえに、答える気配がないのが分かるからかな。どうして、顔も見たこともない男にこれ以上劣等感を抱かなきゃならないんだ。
「なまえ、本当のこと言わないと辛いままだよ?」
「信じて……くんない、じゃん」
「は?マジなの?」
「だから言って……ん、ぁ」
「本当に言ってんの?」
「んぁ、ぁ、やぁっ!」
胸の頂を口に含みながら確かめると、なまえは大きく背中を仰け反らして甲高く啼いた。イイところは全部知っているのに。
こんなに近くにいるのに、寂しいとか思っている自分もいて。
「怪しくない?そんな親戚と仲良いか?」
「別に……ぁ、てつ、ろ、はぁ、ん」
「なー、今電話してみ?」
「ヤダ!や、やめて!」
もがけばもがく程、なまえの両手がネクタイに食い込む。そう結んだのは俺だけど、赤くなって残る痕を見るのは嫌になる。
こんな風に付いて欲しかった訳じゃない。まるで姿も見えない親戚の男がつけたみたいじゃないか。畜生。
「携帯どこだっけ?」
「本当に止めて!関係ないじゃん!」
「それって俺に?その男に?」
「……っ!花巻が、好きだよ」
たった一つのくもの糸みたいに、全身全霊で縋りつく言葉。それが分かっているくせに甘美に響くのは、惚れた弱みってやつ?
初めてなまえの方から言ってくれた安い文句にこんな風に自覚させられるなんて、俺たちらしくてどうしようもない。
「ふーん?」
「本当、だよ」
「じゃあさ、データ削除していい?」
「え……?」
「なに、やっぱ電話して欲しいの?」
止まっていた右手の動きを再開させると、なまえの目は驚きからすぐに溺れた色に染まった。こんな時にまでなかなか良いな、なんて思う俺も結局は男だ。
「いいよね?」
「……っ、ん!」
なまえはもう諦めているのか、頭を小さく縦に振ったきり返事はしなかった。それでも俺は満足していて、慣れた手つきでなまえの携帯を操る。
用済みのそれをカーペットに着地させて、勝手に零れる笑みを隠すようにキスをした。
「俺も大好き」
「……ふぁ、っ、ん」
「ちゃんと聞いてる?」
こんな時ばっかりとびきり甘いのは、勿論わざと。ネクタイが擦れて赤くなる痕に口付けて、その拘束を解いた。
こんなものなくたって、これからもやんわりと縛ってあげる。なまえがそれに気付く頃には、雁字搦めで抜け出せなくなっているだろうけど。
素直に好きと言えない俺のエゴごと、彼女は受け止めてくれるだろうか。
***end***
20140827