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躊躇わない


 思いがけず煙草の本数が増えてしまう。咥えたまま煙をあげて短くなっていくそれを睨みつけて、烏養は灰皿へと慎重に押し付けた。
 烏野バレー部のコーチに就任してからというもの、この時間に店番に立つ機会はぐっと減っている。それでも今日は特別だった。
 学校側の都合で第二体育館を準備の為に使わせてほしいという申請があったからだ。前々から決められていたのでネットも昨日の内に片付け、完璧に明け渡した。
 大事な春高予選の前とはいえ、毎日休みなく練習に励む部員たちには良い休養になる。そう思って自分は普段あまりつけなくなった店番をやろうと決意したらこれだ。
 ようよう考えれば、坂ノ下商店は烏野生たちの購買力をあてにしている。だから、バレー部員である縁下がたまの部活休みにここを訪れたとして、文句などない筈だ。

 縁下がつれていたのはいつものバレー部のメンバーではなく、女子だった。興味本位でこっそりと聞き耳を立てていた自分に恥ずかしくなる位には、その関係は複雑そうで。
 苦々しい気持ちが胸に広がっていくのを誤魔化すように、結局は煙草に逃げた。たかが高校生。そう思っていた節がある。
 それでも隣同士で並ぶ二人の会話には、繋がらない想いへのもどかしさと同じだけ、相手への思いやりが溢れていた。
 若いというのはそれだけで、自分にも他人にもいささか攻撃的だと思う。それでも特定の相手に優しく出来るということは、それだけ大事だという証拠ではないだろうか。
 らしくもない事を思い至って、烏養は溜息をそっと逃す。件の二人は背を向けたまま自分を背景くらいにしか捉えていないと思うのに、存在を薄くしなくてはいけない様な気がした。

(縁下が、ねぇ)

 別に下世話なつもりもないし、人の色恋沙汰に興味がある方ではないけれど。普段顔を合わせる人間の話ともなれば、気になってしまうのは人の性だ。
 ただ、この境界を限りなく隔てている年齢というものは、順当に自分にも等しく流れたのだと思う。手を頭の後ろへ回して天井を仰ぐ。
 バレーのことならば、頼ってこられなくてもアドバイスしただろう。もしもっと若ければ、何かアクションを起こしたかもしれない。

(でも、大人からやめとけって言われるのは、どうかな……)

 縁下も彼女も、何もしないという選択肢を選んだ。でもそれは正しいかと言えば、不毛でしかないと知っている。
 縁下が彼女を好きであり続けるだけ、その何もしないが歪んでいくことも。でもそれを、今の縁下に理解させる必要があるのだろうか。

(俺も偉そうなこと言える程、経験なんてありゃしないしなぁ)

 二人が連れ立って店を出て行く。新聞で壁を作って何から自分を守っていたかは分からないが、こっそりとそこから這い出た。
 入れ違いに客が入ってくる。らっしゃいと接客にしては不遜な態度で声をあげつつ、切り取られた場所の様な空気が急速に日常へと戻っていく感覚に安堵した。

「あ……」
「あ?」
「お久しぶりです」
「は、はぁ?」

 息をついたのも束の間、今日はどうもイレギュラーな日らしい。烏野高校の制服に身をつつんだ少女が、カウンターまで寄ってきて声をかけてきた。
 その目には期待と嬉しさが滲んでいるような気さえする。学校で会ったことのある人間だろうか。烏養は記憶を手繰らせながら、とりあえず口元を緩ませた。

「最近は店番にいないから、もうやめちゃったのかと思ってました」
「いや、俺、ここの人間だからな」
「そうだったんですか。坂ノ下、さん?」
「あー……それは母方の姓でな、烏養。一応烏野高校のバレー部のコーチしてんだよ」

 生徒だと認識しているため、ついコーチをしている時と同じ要領で接してしまう。お客様という概念は失念し、何なら学校で会っても宜しく、位の気持ちでいた。
 しかし、烏養は後悔する。説明のために視線をそらした一瞬で、少女の顔は一変していた。高揚する頬はそのままに、口元は引き締まっていて。
 瞳はしっかりとこっちを見つめながらも据わっている。覚悟。その二文字が頭を掠めて、何に関してかは考えるのを放棄した。

「バレー部……あの、見に行ってもいいですか?」
「はぁ?」
「急に思われるかもしれないんですが、私、烏養さんが好きです」
「あぁ……ってな、はぁ!?」

 気のない返事を繰り返していたことを後悔するくらいには、頭を硬い何かで殴られた気分だ。思わず腰を上げて相手を見下ろせば、上目遣いで見つめてくる目に濁りはない。
 キラキラと光を取り込んだ瞳は、烏養へ気持ちを伝えた達成感に満ちているかの様に思えた。その真っ直ぐさが眩し過ぎて目を逸らす。
 縁下の告げない想いを見た後では、同じ年頃の娘のはずなのにまるで別の生き物のようだ。烏養は大きくため息を吐き出して、相手に向き直って口をきいた。

「あーの、さ」
「なまえです。みょうじなまえ」
「みょうじさん」
「なまえです」
「う、おう。なまえさん」

 初動からして攻め入られている感覚が抜けず、烏養は後手に回っている。なまえと告げた少女の拳が胸の前で握り締められて震えていた。
 それなのに嬉しそうに笑う人間を、邪険に扱えるほどの人生経験なんてありはしない。カウンターに両手をついて、とりあえず落ち着けと自分に言い聞かせた。

「俺は、今年で26なんだが」
「そうなんですね!覚えておきます」
「君は烏野の生徒で、俺はコーチを請け負っている立場上、その、なんだ……」
「それって、私個人はアリってことでいいですか!」
「っ!な、お前、なぁ!何てこと言うんだ!」

 開けっ広げに告げられた言葉に驚きつつ、耳まで真っ赤にさせているのを見て非難の言葉は飲み込んだ。先ほどからかみ合っていない彼女の態度に、大人をからかうなと一蹴してしまうことが出来ない。

「すみません、もう会えないって思ってたから」
「あ……」
「顔を見たら、やっぱり好きで。おかしいですよね、何回かしか喋ったことないのに。でも年齢とか時間とか、そういうの。どうでも良くて」
「それは、まぁ、そう、なのか?」
「烏養さんから見たら、私は子供かもしれないですけど。気持ちは本当なんです。アリなら付き合ってください」

 真剣な目で射抜かれて、たじろぐのは大人の自分の方だった。普段接しているバレー部の連中もそうだが、時に大人より自身の気持ちと向き合って逃げない。
 その原動力が好きという気持ちに支えられていると知っている烏養には、いなして逃げる道はなかった。黙っている間にも、大きな瞳が不安げに揺れる。
 後先省みずに向かってくる人間は嫌いではない。なまえの顔も可愛いとは思うし、何なら自分には勿体無いくらいだ。
 年齢以外には、断る理由はない。付き合っている女も好きな女もいないから、お試しにどうぞと差し出されれば試食に手出ししていたかもしれない。

「だが、駄目だ!」
「何ですか?私が高校生だからですか?」
「それもある……けど、お前が真剣だからだ」

 別に大人ぶるつもりはない。そこら辺の百戦錬磨の高校生と自分なら、自分の方がそちらの方面に疎い位の引け目ならある。
 けれど頬を膨らませて納得しかねるといった顔をするなまえに、烏養は目を逸らさずに対峙した。

「俺はお前……なまえ、さんを知らなかったくらいだからな。分かりましたハイ付き合いますってなるわけねーだろ」
「それはこれから知ってください」
「う……なまえ、さん。あのな、俺は……」
「呼び辛いならなまえって言ってくださっていいですよ!」

 体を後ろにやる分だけ、相手が食い下がってくる。烏養が放課後のこの時間に店番に立っていたのは春先のことで、あれから5ヶ月は経っていた。
 その間ずっと自分を探して通っていてくれたと思えば、その追い縋る所作すら健気に感じてしまう。烏養はため息を吐いた。
 なまえに向けたものではない。この非日常を受け入れ始めている自分に向けたものだ。

「明日この時間に来たところで、俺はいねぇよ」
「え……」
「第二体育館。コーチしてる時はうるせぇし、引くかもしんねーけどよ」
「そんな訳ないです!毎日だって見に行きます」
「まっ!あ、あー……あいつらの前で、好きとか言うのは勘弁な」
「二人の時に聞きたいってことですね!わかりました。好きです、烏養さん」

 頬を上気させて微笑むなまえの口から、装飾なしの言葉が零れている。それを向けられているのが自分だと言う事実への照れ臭さと戸惑いが、烏養の体を熱くさせた。
 年甲斐もなく、浮ついている。芯の強そうななまえの声が頭に残って、やはり縁下にアドバイスなんて出来る立場ではないのだと自嘲した。



***end***

20140808


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